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「なまえちゃんの彼氏って社会人なんでしょ?良いなあ」
「大人だから包容力あるんだろうね」
「車持ってるんでしょ?お金もあるだろうし羨ましいよ」

…うるさい
口には出さないけどずっとずっと耳栓をしたかった。
大学の友人たちが私の彼氏を羨ましいと言う。私は「そんなことないよ」なんて当たり障りのない返答をしながら、その時間を耐えるのだ。


▼▼


「何も分かってないくせに…」

天気の良い土曜日の朝、昨日の学校でのやり取りを思い出して溜息を吐いた。
のそのそと出掛ける準備をしていれば、ローテーブルに置いたスマホがメッセージを受信する

『松川一静:今から行くけど大丈夫?』

彼氏の名前と簡単なメッセージがポップアップ画面に表示される。
『大丈夫です、よろしくお願いします!』と手慣れたフリック入力で打ち込んでから、可愛いスタンプを選んで送った。

うちにもうすぐ来てくれる一静さんは、1年前から付き合っている私の彼氏
4つ年上の彼はバリバリの社会人。女子大生の私とは生活リズムも全然違うのに、いつも優しく大切にしてくれる。
一静さんは私なんかと付き合って楽しいのかなあ…働くってアルバイト程度でしか知らない私には社会人の苦悩も分かってあげられないし、会社には綺麗なお姉さんたちがたくさん居るんだろう。

うわあ!ダメだダメだ…折角これからデートなのに何をセンチメンタルになっているんだ私は!!
急いで化粧を仕上げていれば『着いた。駐車場で待ってるから』とタイムリーなメッセくいージ
上着を羽織ってお気に入りのブーツを履いて部屋を出れば、駐車場に一静さんの車が停まっている
ぱたぱたと近付けば、一静さんが車から降りてきた

「おはよ。早くなかった?」

「おはようございます、大丈夫です!むしろ来ていただいてすみません」

「いえいえ。ほら、どうぞお姫様」

そう言って一静さんが助手席のドアを開けてくれて車に乗れば、落ち着いた良い匂いがする。

「何深呼吸してんの」

「いつも思うんですけど、一静さんの車、良い匂いがします」

「本当に?おっさん臭くない?」

「ないです!!」

食い気味で答えた私を、一静さんは面白そうに笑う。一静さんはいつも自分のことを おじさんだと言って自虐ネタに持ってくるんだけど、若いし格好良いし。おじさんだと思ったことなんか一度もない。

「一静さん、今日はどこ行くんですか?」

「ドライブデートでも、って思ってたんだけど 良い?」

「はい!よろしくお願いします!」

「お願いされます」

左手で私の頭を撫でる一静さんは、運転しているからこっちを向くことはないのだけれど
ああもう一静さんったら、横顔も格好良い

車内では私の大学の話とかアルバイトの話とか他愛のない話をしていたら、一静さんのお友達が結婚することになった話題に

「ええ!お友達結婚されるんですか!?」

「そうそう。前に話したことあるっけ、高校んときの主将」

「随分おモテになったという?」

「それ。よく覚えてるな」

だって一静さん、高校の時のお友達の話する時 凄く楽しそうに話すから。
大人ないつもの表情がちょっとやわらかくなって、懐かしそうに微笑むのを見て、私の心臓はきゅうっとときめくのだ

「凄いですね。おめでたい」

「海でプロポーズしたらしいよ」

海でプロポーズ!?なんてロマンチックなんでしょう。
そういえば前に街で会った一静さんのお友達…花巻さんカップルも素敵な雰囲気だったけれど、お二人は結婚しないのかな
花巻さんの彼女さん大人可愛いを絵に描いたみたいで、凄く素敵だった。首元できらきら光っていたネックレスはきっと高いものなのだろう。私の首から下がっている初売りバーゲンの安物とは大違いだ。

「何溜め息吐いてんの?」

「え、吐いてましたか!?」

「でっかいのをな」

「す、すみません…」

「飲み物買ってくる。コンビニ寄って良い?」

「はい!」

カチカチ、とウィンカーを鳴らして車はコンビニの駐車場に入ってく
デート前に勝手にネガティブになって、揚句デート中に溜め息まで吐いてしまうなんて…

「買って来るからちょっと待っててな」

「はーい」

バタン、と締められたドアを見て再び溜め息が零れた。何やってんだろ私
こんなんじゃ一静さんに愛想尽かされちゃうよ…
何となく取り出したスマホを見つめてみたら、暗くなった画面に鬱々した表情の自分が写る
一静さんの周りに居る綺麗な女の人たちに勝てるのは若さだけだというのに、それすら消えてくような顔

「なまえ?」

「ひゃあ!」

急に開いたドアと一静さんの声。驚いて手から離れたスマホが足元へ落ちて行く
びっくりした、気付かなかった。「すみません」と謝りながらスマホを取ろうと屈んだ時、グローブボックスに何か挟まっているのに気付いた。

「あれ、一静さん何か挟まって…」

「ちょ、待っ…」

グローブボックスを開けば、出て来たのは仙台のタウン誌。表紙には『宮城のドライブデート特集』とでかでか書いてある。

「一静さん、これ…」

雑誌を握った私が一静さんを見つめれば、困ったような表情を浮かべた一静さんが靴まへ乗り込む

「…あー、手品のタネがバレるくらい格好悪いな」

「え、何で!?どういうことですか」

「それ見たからなまえとドライブデートしたいなあって思ったの」

「そうだったんですか…でもそれが格好悪いって…?関係ないですよね」

「なまえの前では格好良く居たいんだよ。下調べしてドライブデートってのは、男的には内緒にしときたい所かな」

「な、なるほど…」

「なまえ、意味分かってる?」

「あんまり…だって一静さんいつも格好良いもん」

格好悪いなんて思うわけがないじゃないか。素直にそう言ったら、一静さんの頬が赤くなるのが分かった

「そういうこと言うか…ずるい」

「え?」

「あんま可愛いこと言うのやめて。余裕なくなるでしょ」

一静さんの手が私の頬に添えられて、親指で唇をふにふに押される。まるでキスでもしているかのような感覚のそれに、今度は私の頬に熱が集まってくる。

「格好悪いおじさんとドライブデートしてくださいな」

「…だ、だからいつも言いますけど、一静さんはおじさんじゃないです!」

「ありがと。ほら、これ飲んで」

手渡されたミルクティーのペットボトルはほんのり温かくて、ちらりと見た一静さんの横顔はやっぱり格好良かった。
ああ、私の心臓今日持つかなあ。だけど今度友達に、社会人の彼氏が羨ましいって言われたらちょっとだけ自慢してみよう


お出かけしましょ
「どうしたなまえ、急にご機嫌だな」
「一静さんが格好良いからご機嫌なんです!」
「嬉しいこと言ってくれるねえ」

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松川一静の場合
title:魔女