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4月 入学式
自分が新入生だったのなんてたった一年前だというのに、白いブレザーを着てドキドキしながら校門をくぐったのがずっと昔に感じる。今日は一般の2・3年生は休みだけど、体育館に集まって来る保護者やクラス発表の掲示を見ている新入生で校内はずっと賑やかだ。

「まったくツイてねえよな。よりにもよって在学中に当たるとは…」

隣に居た矢巾がごねている理由は単純で、今日はバレー部が入学式の手伝いに当たっているからだ。代々青城の入学式の手伝いは生徒会と一部有志、そしてローテーションで当たる運動部員で構成されている。一年に一度のイベントだから、在学中一度も手伝いに駆り出されずに終わる運動部員がほとんどだ。

「確かに。ローテっては聞いてたけど、まさかね」

「だから。しかも体育館裏の備品整理とかやってらんねえよ…俺も新入生と触れ合って可愛い子に声掛けたかったっつーの」

バレー部は人数が多いから、各自いろいろな仕事を割り当てられている。俺と矢巾は使わなかった紅白幕を畳んだりパイプ椅子の半端なのをひとまとめにしたり…と完全に裏方作業で
保護者の案内や、新入生の胸に刺す花を配るという表舞台は及川さんたち三年生が務めていた。

「年度末さ、及川さんが部長会から帰って来た時から嫌な予感してたんだよなあ」

「確かにね。手伝いに当たってたって聞いた時の岩泉さんたちの顔険しかったし」

「渡は面倒じゃねえの?」

「うーん、だけど当番になったからにはちゃんとやらないと。新入生可哀想だろ」

「さっすが渡」

本当はもう一つ、ちゃんとやろうと思っている理由があるのだけれども矢巾に知られたらからかわれるに違いないのでそこで止めておいた。

「うっわ、見ろよ渡。及川さんもう新入生に囲まれてるぜ」

「え、もう?」

「ほら。いきなりやべえな」

体育館倉庫の窓から覗いてみれば、クラス掲示の隣で花を配っていた及川さんは新入生の女の子に囲まれていてもみくちゃになっていた。花を配るっていうよりは女の子たちが我先にと及川さんの持つ箱から取って行く。隣に立ってる生徒会の人が苦笑しているのを見て笑ってしまった。

「渡、俺ちょっと及川さんに挨拶してくる」

「え、今朝会っただろ!?」

「ちょっとだけ!すぐ戻っから!」

「おい矢巾!」

俺の制止も聞かずに駆けだしていった矢巾は及川さん(というより新入生女子)に向かって行った。まあ仕事も粗方片付いているし、後で戻って来るだろうから良しとしよう。

「渡?」

矢巾が出てから束の間、ふいに声を掛けられて振り向けば倉庫の入口に居たのは去年同じクラスだったみょうじ。俺の好きな人だった。

「あ、みょうじお疲れ」

「うんお疲れ。何か困ってることとか大丈夫?」

「指示されたことは粗方片付いたよ。みょうじは見回り?」

「そうなの。バレー部人数多いから手伝ってもらえて助かるよ。ありがとう」

「そ、そっか。それは良かった」

みょうじがにっこり笑ったのを見て、俺は動揺を隠すのに必死だ。
さっき矢巾に言わなかったもう一つの理由。生徒会に入っているみょうじに会えるから俺は手伝いも悪くないななんて思ってる。まあこんなこと矢巾に言ったら男バレ中に広まることくらい想像に容易い。

「及川先輩、凄い人気だね」

「そうだね…ってみょうじ、及川さんのこと知ってるの?」

「もちろん。むしろうちの学校で及川先輩のこと知らない人なんて居ないでしょ」

「確かに…及川さん格好良いもんなあ」

「格好良いよね。だけど私は及川先輩よりも…」

そこまで言ったみょうじが真っ赤になって手で自分の口を塞ぐ。しまった、という表情のみょうじと目が合えば途端に逸らされる。

「及川さんよりも?」

「な、なんでもない!」

なんでもない顔じゃないよな、どう見ても。
おろおろしながら手元の資料を見たり戻したり畳んだり、明らかに挙動不審なみょうじは焦ったように口を開いた

「あ、あのさ、岩泉先輩ってどこに居るのかな」

「岩泉さん?」

岩泉さんはどこだったかな、バレー部の割り当て表を見てみればクラス割を見た後に新入生に教室を案内しているようだった。

「多分下駄箱のところじゃないかな」

「そっか、ありがとう行ってみる。それじゃあ」

逃げるように去ろうとするみょうじを見ていたら、嫌な考えがぐるぐる回る。
なんでわざわざ岩泉さんを指名で会いに行くんだろう。もしかして、さっきも及川先輩よりも岩泉先輩の方が…とでも言おうとしたのか?

バレー部内でも及川さんと岩泉さんはよく対比に使われるし、タイプとしては真逆だと思う。みょうじは岩泉さんのこと…

「じゃあ渡、また後で」

そう言って去って行こうとしたみょうじの手を、俺は無意識に掴む

「行かせない」

「え、ちょっと、渡?どうしたの?」

「岩泉さんに会うからってそんな顔するなよ」

「そんな顔って?」

「頬染めちゃっていかにも恋してますって顔」

「何言ってんの渡…私は」

「確かに岩泉さんは男の俺から見ても格好良いよ、分かる。だけど俺だって一年の時からずっとみょうじのこと好きだったんだ。黙って岩泉さんのところに行かせるわけないだろ」

「渡…」

「生徒会の仕事頑張ってるところが好きだ。笑った顔が可愛いところも、購買の青城メロンパンが好物なところも、数学苦手だけど授業頑張って受けてるところも…全部好きだよ。岩泉さんはみょうじのことこんなに知らないけど、俺は知ってる。本当に一年間ずっと好きだった」

みょうじの目が泣きそうに潤んで、それを堪えるように噛まれた唇を見て切なくなった。
そうだよな、こんなところで俺に言われても困るよな…

「渡…?勘違いしてるのかもしれないけど、私は岩泉先輩のこと何とも思ってないよ?」

「え?」

「友達から、岩泉先輩に渡してって頼まれたものがあるから巡回ついでに行くだけ。だから…ね?」

「ご、ごめん!」

掴んでいた手を瞬時に離して、今度は俺が真っ赤になって泣きたくなる番だった。何だそれ、勝手に勘違いして嫉妬して…そして挙句の果てに余計なことを…

「私ね、岩泉先輩よりも及川先輩よりも……渡の方が格好良いと思うよ」

「は?」

自分の耳を疑っていれば、みょうじがはにかんだように小さく笑う

「私だって、渡のこと好きだよ。一年生の時からずーっと」

言っちゃった、なんて言いながら両手で自分の顔を隠すみょうじは今度は耳まで真っ赤だった。
その姿を可愛いと思っていれば、さっきまで近くにあった賑やさはずっと遠くに感じて 代わりに心臓が耳元で鳴り始めた。


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渡親治の場合
めぐみ