うなだれた千夏をよそに、元気よく教室のドアが開かれた。
「やあやあ、今をときめく有名人っ!」
沈んだテンションを更に降下させたその声主に急激に苛立ちが積もる。
千夏は鋭い視線を声の主に向けた。
おっと、と肩を上下させて微笑を浮かべるその仕草がやたらとかんに障る。
むっとし、ぷいっと顔を逸らせば「そんな拗ねるなって」温かな感触が頭の上に降りてきた。
「あんまりいじめないでやって。今すんごい不機嫌みたいだから」
変わらずにししと笑いながら睦美が言う。
「不機嫌? そりゃ人間、隠したいことの一つや二つはあるだろうけど、別に照れることじゃないだろ」
「照れてないっ!」
「おっと。あんまカリカリするなよ? ほら、あの来栖も心配そうにしているぞ」
ちらりと目線を教室の隅へと向けると、つい先程まではいつものように小型ゲームに熱中していたはずの瞳が、真っ直ぐ、射抜かんばかり千夏を見つめていた。
目と目が合うと、にへら、と頬を染めて微笑んだ。
「げっ」
「げっ、とは挨拶だな。自分の彼氏だろ、もう少し大切にしてやれよ」
「違うってば! わ、私は……」
その先を言うのは躊躇われた。いっそのこと声高らかに公言出来れば気が楽になるのかもしれない。
けれど、言えなかった。否、現れたもう一人の人物により止めざるを得なかったのだ。
「なに話してんだ?」
キラキラと。眩い笑みを顔に乗せ、至極爽やかにやってくる。
蜂蜜色のツンツン頭に、人好きのするその顔はどこか犬を連想させる。
その人物と視線が出会って、千夏は思わず顔を逸らした。
眩しいものには自然と焦がれてしまう。同時に、眩しいものからは目を背けたくなる。
「駿か」
「なになにー? なんの話?」
「今やときめく有名人カップルの話」
「あ、そうか。おめでとな、朝比奈」
にっかり笑うその顔には反発出来ない。
全然めでたくない。むしろ切なくなってくる。
(ち、違うのにぃ〜〜〜っ!)
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