ここではちょっと──ということで、二人は図書室から移動する。

 駿の後に付いて行き、連れてこられたのは立ち入り禁止区間、あの生徒会室であった。


「あ。ちなみに俺は生徒会役員ではないからね」


 まるで千夏の心を呼んだかのように、駿はきっぱりと否定し、室内へ入っていく。

 ここへ来るのは二度目ではあるが、室内に玄関扉が幾つもあるこの異様な光景は何だか落ち着かない。

 昨日の嫌なものを思い出し、千夏はぶるりと震えた。

 駿の後ろを離れないようにぴったりとくっ付いていると、不意に足を止めた彼の背中に激突した。


「ご、ごめん」

「こっちこそ。あ、ここだよ」


 ぶつけた鼻を抑えながら、千夏は顔を上げた。
 そこは幾つかある玄関扉のひとつだった。
《犬飼》と記されたプレートがぺたりと貼り付けられている。


「在学中の仮我が家。なんもないけど、ごめんね」


 さあ、どうぞ。
 促されて、千夏は恐る恐る室内へ入った。


 煌びやかな玄関扉とは逆に、中はとてもシンプルだった。
 必要最低限の生活器具しかないところを見ると、発言通り、仮の家なのかもしれない。



(て、待て待て。初、男の子の部屋、になるわけだよね、これ)



 そんな事実に気づき、千夏は顔を真っ赤にした。
 意識し始めるととても、部屋の中には居続けられない。

 適当に座ってと言われても、どうしていいかわからなくて、玄関の前から動けなかった。



「朝比奈?」

「は、はいいっ!」

「あ、大丈夫だよ。何かあれば俺が守るから」


(そ、そうじゃないんだけどな……)



 どん、と笑顔で胸を叩かれては、逃げ出すわけにはいかなかった。

 敷かれた座布団の上に腰を下ろし、出されたオレンジジュース缶を一気にあおった。が、味などまったくわからなかった。

 その様子に駿はけたけたと笑う。
 何だか恥ずかしくって、千夏は小さくなって俯いた。


「率直に言うね」


 言葉は唐突だった。

 顔を上げると先程まであった笑顔ではなく、真剣な顔つきの駿が千夏を見ていた。

 ──来る。

 知りたかった事実が、遠回りを重ねてようやっとわかる。

 千夏は次の言葉を待った。飲んだばかりのはずなのに、喉はからからに渇いていた。



「来栖も俺も他の槍も、そうだなあ、学園の半分は人間じゃない」

「え?」

「いや、ちょっと違うな。人間だけど人間ではないんだ。この前の、見たでしょ?」


 人間ではないもの。
 すなわち──


「っ」


 思い出すだけでも恐ろしい。
 けれど同時に切なくもある、あの異形の者のことをさしているのだろう。

 駿は頷きひとつで肯定した。





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