「こんなとこでなにしてるんですかあー?」



 気の抜けた声をかけながら、よいせ、と床に大量の本を置いて、冬季は千夏の隣にしゃがむ。

 にこにこの笑顔につられて、千夏も笑みを返した。


「ああ、えっと、これかな」と、冬季にスケジュールの紙を見せる。


「朝比奈のお嬢様、補佐役員になったんですか?」

「そっ。大変だと思うけどなかなか楽しそうだし、やるならしっかりやいたいと思って──って、なに、その朝比奈のお嬢様って……」

「朝比奈のお嬢様は朝比奈のお嬢様です」



 何か? と逆に問いかけられて千夏は言葉を詰まらせた。
 別に悪くはないのだが、お嬢様だなんて……


(なんか、恥ずかしいんだけど)



「大丈夫ですかあー? 補佐役員ってすんごい大変ですし、」

「そうみたいだね」


 だから予習していたといえば、冬季は瞳を輝かせて大袈裟に千夏を褒め称えた。何だかちょっぴりこそばゆい。



「いや、まあ……やりたくてやったわけじゃないから、そこまで誉められるのも悪いというか」

「いいえ。補佐役員は大変なんですよおー! 引き受けただけでも凄いですし、しっかり真面目に打ち込んでいらっしゃるなんて……さすが、朝比奈のお嬢様っ」

「しっかり出来るかは別として、真面目に楽しくはやるつもり。……あいつがいなきゃもっとよかったんだけど、」


 思わず愚痴が口から滑る。冬季はきょとんと首を傾げた。



「あいつ、ですかあ?」

「そ。来栖。君が昨日一緒にいたあの変態」

「会長が補佐役員に?」


 ありえない、とでも言いたげに、冬季は不納得そうな顔をした。


「自分からやるって手あげてたよ?……勝手にやるのは構わないけど巻き込──」

「それ、本当ですかあ?」

「え? うん」

「…………」


 突然、冬季は思案に沈み始めた。
 何か、おかしなことでも言っただろうかと千夏が不安になりかけたところで、冬季ははっとして慌てて苦笑いを作って見せた。


「すみません! 朝比奈のお嬢様がいるっていうのに僕ったら」

「別に謝らなくっても……って、ちょっと訊いてもいい?」



 彼はあの空間で来栖と一緒にいた人間だ。
 少なくとも部外者ではないはずである。

 父に訊こうにも、訊けなかったし、来栖には話し掛けるのも億劫だったのでやめておいた。

 冬季──彼になら訊けるかもしれない。


 千夏の物言いたげな視線を察し、冬季は顔から笑顔を剥いだ。真剣な顔つきで、千夏の言葉を真摯に待っている。


「僕でよければ」

「あのね、失礼かもしれないけど……来栖って、そして君も。一体何者?」

「……本当に何も聞かされていないんですねえ」


 冬季は頭を押さえて溜め息を零した。
 愛くるしいその顔に呆れの色が見え隠れする。
 ひどくがっかりしている様子だった。



「ご、ごめん。私、何もわからなくって」

「あ。違いますう! 朝比奈のお嬢様ではなくて、……わからなかったら、それは、困りますよね」


 あたふたと両手を振って否定する姿は、何だかとっても可愛らしい。
 ふふ、と千夏が笑えば、彼はほっと息を吐いていた。



「僕たちは──」と言いかけて、冬季は視線を別の方へやる。
 と、本棚の陰からひょいっと見覚えのある顔が飛び出してきた。


「駿くん?」


 体調不良という話を聞いていたのだが、二日ぶりに見た瞬の顔には、ぺたぺたと沢山の絆創膏が貼られていた。

 具合が悪くて休んでいたというよりは、怪我で動けなかったのでは──と、そんな心配が頭をよぎる。




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