呟いて──千夏は視界の隅にいた来栖刀護を見た。
 彼は腕を組み、遠目からこちらを見ている。


 助けてほしい。
 混乱と恐怖でボロボロになった精神が、拒絶する意識とは逆に、その男へ懇願していた。


 が、目と目がかち合って、千夏は押し黙った。

 来栖刀護の瞳の中に何かを切望するような期待の光が宿っていたからだ。

 助けてほしいのは自分なのに、祈るように眉間を寄せた表情が、誰よりも強く、助けを願っているようで──。

 その瞬間、疑問が恐怖を凌駕した。



「お前がやれよ、当代の《舞鎮師》」



 来栖刀護は言った。

 それはまだ記憶に新しい響き──父・巌が零していた言葉である。



「舞ってみろよ」



 千夏が心の中だけで彼の言葉を反芻していると、来栖刀護は急かすようにそう言った。


 何を?
 舞を──?


 千夏が困惑に狼狽していると、来栖刀護は顎で促すようにそれを見た。

 千夏は視線を追って、更に狼狽えた。
 いつの間にあったのか……見覚えのありすぎる刀が一本、千夏の横に転がっている。



「やれ」



 命令口調で告げられて、千夏は急かされるまま刀を手に取った。
 今にも完全に飛び出してきそうな異形のそれと、腕を組み、不敵に佇む来栖刀護を交互に見やる。


 怖いとだけしか思えなかった怪物をしっかり見れば、見えなかった新たな光を発見することが出来る。

 切望の瞳。


(……なにを、求めているの?)


 怖いのは姿形だけ。
 何かを求め、願い、祈るような眼差しは、ふてぶてしく腕を組み不敵に佇む男となんら変わりなかった。


 色の違う二つの瞳に願われるまま、促されるまま──身体は我知らず、勝手に動いて。

 まるで何か、身体の奥底にあった正体不明なものに突き動かされるように、千夏は剣舞を始めた。


 頭の中でその舞が持つ音色を思い出しながら、


 シャン──


 振りに合わせて刀が鳴く。


 リン──



 千夏が舞う強弱に合わせて、刀も鈴音の強さを変えた。


 緩急のある曲調の音色を思い出しながら、千夏は軽やかに舞った。
 導かれるように、そして何か暖かなものに抱かれ、支えられ、促されるままに。






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