ぐねり、と地面が波のようにうねり出す。
この感覚を千夏は知っていた。忘れるはずもない。昨夜の出来事だ。
「ヒィッ! 冬花ちゃん冬花ちゃん」
「……大丈夫」
「大丈夫じゃないよ! どうしよう。来ちゃうよ冬花ちゃん!」
「会長が、いるから」
怯える冬季と呼ばれた少年の背を冬花が優しく撫でる。
隅へと退散していく二人が視界の端に映り、我もと続こうとするが、うねる床を思うようには歩けない。
昨夜の再現のように、バランスを保てなくなった千夏は地面に崩れた。
サァァァァ──
ふと、何かがざわめき、千夏は伏せていた顔を上げた。
桃花が荒々しく揺れている。わさわさと。まるで、何かを予兆するように、忙しなく──
「知っているか」
非常事態にもかかわらず、来栖はソファーにふんぞり返っていた。
気だるげに閉じられた瞳がゆっくりと開き、現れた黒真珠もやはり気だるげな色を放っている。
「桃とは木に《兆し》と書く」
わさわさ、わさわさと。
文字通り桃花は《それ》の到来を予兆していた。
脈打つ床が静まり、次に、暗闇の空間に稲妻模様にひびが走る。
ガラスを砕いたような音が響き、のっそりと、地面から這い出るようにそれが現れた。
姿形は昨夜とは違うもの。けれどそれが纏う本質は昨夜とまったく同じもの。
現れた恐ろしい容貌の異形のそれは、真っ直ぐと千夏の姿をとらえていた。
──二度と来るものか、と思っていたのに。
どうしてまた、今、こんな状況下に己がいるのか──?
「……助けて」
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