朝の出来事もあって、HRが終わるなり、千夏はカバンを持ってダッシュした。


 居心地が悪くて仕方がなかった。
 休み時間とならば、噂好きやその手の話好きの集中攻撃をくらったのだった。

 関わらないのが一番。
 そのたびに信じては貰えない否定の言葉を口にするのが疲れたのだ。




 挨拶もそこそこに階段を下り、げた箱まで直線を一気に突っ走る──と、予期せぬ人物が両手を広げて通行止めをしていた。

 小柄で白せき。
 長いストレートの黒髪。

 日本人形に命を宿したような、浮き世離れした美少女──生徒会役員のあの少女である。



「冬花、さん?」


 名字は不明。
 何故か生徒会役員は名字を口外しない。
 この学園の変わったシステムのひとつでもある。



「朝比奈、千夏」



 鈴を転がしたような声に自分の名を呼ばれて、千夏は急ブレーキをかけた。


 この学園にいるものならば、彼女のことは誰もが知っている。

 だが、特に目立ったこともしていない学園生徒のほんの一部である千夏を、彼女が覚えているはずもなければ、こうして待ち伏せにあうほど会話をしたこともない。



「えっ……と、何か? あ。廊下ですか。廊下は走っちゃいけません、ですよね、すみません急いでいたので」


 何となく、居心地が悪い。
 見透かされているような気してならない澄んだ黒い瞳から目をそらして、千夏は後頭部をかいた。

 もうしません。
 だから、頼むから早く解放して。



「少し、話したいことがあるのだけれど、時間を頂いてもいいかしら?」


 それはお願いでありながら、有無を言わせない圧力を放っていた。

 嫌です、と断ればいいことのように思える。
 けれど、何故かそれが出来ない。



「は、はい」



 意識とは逆に、千夏の口は肯定の返事を滑らせていた。

 少女はふわりと微笑した。






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