さすがにこれには腹が立った。

 有りもしない(正確にいうと極めてレッドゾーンに近い未遂である)話をべらべらと喋られてはたまらない。

 ばん、と机を乱暴に叩いて勢いよく立ち上がる。
 今にも噴火しそうな頭を何とか寸前で抑えながら、千夏はつかつかと窓際の一番後ろの席へと向かう。


 ──ころり、と足元に転がってきたそれに、怒りのまま進行中だった千夏は思わず止まった。

 目を向ける。上履きの上に甲良兵器を背負った美少女キャラクターの消しゴムが乗っかていた。



「…………」

「あ、あ、ごめんなさい」


 慌てた来栖が読んでいた雑誌を丁寧に閉まって、ふるふると震える千夏のそばへ駆け寄る。彼女の上履きの上に乗るそれを手にして、ペコペコと頭を下げた。

 そして何事もなかったかのように席に戻ろうとした腕を千夏はむんずと掴んだ。
 怯えた顔を貼り付け来栖がこちらを見る。
 千夏はきつく睨みつけた。



「なんのつもり」

「へ?」

「なんのつもりで、有りもしない話をしてるのかって訊いてんの」

「有りもしない?……ああ、やっぱり恥ずかしいです、よね?」

「何が!」

「二人っきりの時はどうかと聞かれて、その、話しちゃってすみません」と言いながら、来栖はもじもじと顔を赤らめた。


(ちょ、ちょっと! なんなのその反応っ!?)


 教室から「ひゅー!」と口笛が鳴り響く。拍手をしてる輩までいる始末である。



「ちょっと! ち、違うってばっ!!」

「朝から痴話喧嘩か? 熱いねぇ、とろけちゃうっ☆」

(ほざけっ!)

「そっかあ。千夏はツンデレ属性持ちだったわけで、」

「だから違うってば!」


 といくら否定しようが、誰もまともに聞いてはくれなかった。


 ツンデレ朝比奈。
 朝から痴話喧嘩。
 お熱いことで。


(なんなのホント〜……っ!)


 がくりとする千夏のその肩を、ぽん、と叩いて、

「楽しみだな」


 去り際。眼鏡の奥で光る鬼畜色が笑っていた。


(何を!?)



 今これより引導をくれてやると、勢いで向かった千夏を逆手にとって展開された痴話喧嘩騒動に、千夏はなすすべがなかった。




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