「あるだろ? そういう積もらせてきた疑問」
千夏は素直に頷いた。
「そのひとつひとつに答えてやることは可能だが、取り敢えずだ」
すっ、と差し出された藍色の扇。
「まず、舞ってみろ」
突然の申し出に千夏は激しく戸惑った。
何故知っているのか。動揺した。父は何も言わない。
今から? と視線のみで訴える。父はこくりと頷いた。
「でも……」
「…………」
無言の圧力に負けて、千夏はしぶしぶそれを手にとった。
──舞には物語がある。
千夏の誰にも公言していない趣味のひとつが舞である。
始めは母が時間を見繕っては舞っていた姿を見て、見よう見まねでやってみた。
それが思いの外楽しくて、こっそり見てはひっそりと独学で練習していた。
どうしてか「私にも教えて」とは言ってはならないことのように思えたからだった。
けれど隠し通せるはずもなく、それに気づいた母は、嬉しそうに、でも悲しげに頷いて舞を教えてくれた。その代わり、公言も披露も決してしてはいけないと──
手の指先から足の指先まで意識を通わし、その舞がもつ物語を表現していく。
千夏が選んだ舞は、再び出逢えるその時を、ひたすら待ち続ける男と女の物語。
雨期も──静かに、悲しげに。
猛暑も──荒々しくも、どこか切なく。
そうして、移り行く季節と男女の想いを重ねて、千夏は舞を彩った。
ひらり、と身体を捻らせて扇を突き刺すように腕を伸ばす──と、知らぬ間に巌が隣に並んでいた。
驚いて、舞を止めようとするが父は「そのまま続けろ」と視線のみで訴える。
促されるように舞を続ければ、巌は突然扇を奪い取り、代わりに別な物を握らせた。
構わず舞う。
扇の代わりとなったそれを振るう。
──リン。
鈴音が響いて、千夏は思わず足を止めた。
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