けれど、このわけのわからない状況に置いていかれた千夏の心は激しく荒れていた。
何が何だか。
おそらくは自分も関わっていること、なのに、事態の姿がまったくといっていいほど見えてこない。
頭はすでにオーバーヒート寸前だった。あれやこれやと理解する前に起こっては、受け止めきれない。
「どうして、と」
巌は静かに口を開いた。
「疑問に思ったことはなかったか?」
言葉は唐突で、そして不鮮明だった。
疑問なら山ほどある。ありすぎて、何から問いかければいいのかわからないほどに沢山あった。
けれど、父が何をさしているのかわからなかったので、千夏は肯定とも否定ともつかない曖昧な頷きをした。
「全部だな。何で急にこっちに呼ばれたのか」
確かに。それは気になっていた。
物覚えがついた時にはすでに、父と母は別々に暮らしていた。けっして、仲が悪かったわけではない。順風満帆な夫婦関係──の度を越えて、こちらが恥ずかしくなってくるぐらい、むしろ仲睦まじい。
──ダメよ。父さまはね、お仕事が大変なのよ。
子供頃、年に数えるほどしか会えなかった父が恋しくて、駄々をこねたことがあった。
父のところへ行くと、わんわんと泣いた千夏を、母は優しく宥めてくれた。
その顔があまりにも悲しそうだったので、我が儘を言ったことを後悔した。
泣いていたのは千夏のはずなのに、それよりもずっと悲しそうに顔を歪めるから──子供ながらに何か事情があるのだと察して、それから深くは追求しなかった。
なのに──
正月。七草粥の時期。
突然の転校に酷く驚いたのは、まだ記憶に新しい。
あれだけ行ってはいけませんと言われていた父のもとへ、どうして突然行けというのか。千夏にはさっぱりわからなかった。
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