「ちょっと! やめてよ! 何考えてるの!?」
近づく身体を押して、千夏はきつく来栖を睨んだ。
だが、来栖はびくともせずになおも迫ってくる。
「だから、やめろって言ってるんでしょうが──っ!!」
腕を振り上げた。
だがそれは狙った頬をとらえる前に、簡単に掴まれてしまう。
目が合った。
愉しげな瞳だった。けれどその奥は、悲しげな光を宿していた。
──何故?
瞳の奥底に潜んでいたそれに、千夏は動揺した。
隙はその一瞬。
掴まれた手がベットの上に縫い付けられて、来栖は千夏の首に顔を埋めた。熱を帯びる呼吸が首を、耳朶を撫でる。
千夏は身体をぴくんと跳ねらせた。
「恨むなら、お前の血を恨むんだな」
「なんの────ぁ、」
来栖の赤い舌が、耳の形をなぞるように這っていく。
ぺちゃり、ぺちゃり。
舐められ、噛まれて、わけがわからなくなってくる。その合間に漏れるオスの淫欲な溜め息に思考回路が遮断された。
なけなしの力を振り絞ってはみるが、ベットに縫い付けられて脱出は最早不可能だった。
身体を、そして思考も束縛されてなすすべもなく来栖の言いなりにされ始めた頃。
千夏の首に愛撫を施していた来栖が、つまらなそうに舌打ちをする。
「おーい。こっちは何とかした──」
聞き覚えのある声が響いた。
熱に浮かされる頭に活を入れゆっくりと目線をずらすと、目を点にして激しく動揺する蜂蜜色が視界に飛び込む。
「っ!?」
途端。消えかけていた理性が一気に浮上した。
慌てて身をよじるが来栖の身体はびくともしない。それでもめげずに必死の抵抗を試みる。
一番見られたくない人物に見られたショックに千夏は半泣きだ。
「何やってんだよ、バカっ!」
束縛が不意に解かれて身体が楽になる。
眼前にいたはずの来栖を殴りとばして、その人物が千夏を庇うように抱きかかえた。
背中をさすってくれた。大丈夫? と心配そうに顔を覗き込んでくる。安心に目頭が一気に熱を持った。
「しゅ、くん」
「怖かったよね。ごめんね。痛いとこない?」
返事の代わりにこくこくと何度も頷いた。
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