それは一瞬。
考える暇など与えてはくれず、猛然と襲いかかってきた。
悲鳴は出なかった。
突然すぎて出せなかった。
本格的に身体を腕で庇って、千夏はぎゅぅと力強く瞳を閉じる。だが、予想していた痛みは一向に襲いかかってはこなかった。
「……」
ゆっくりと瞼を開く。
映ったのは白ラン──来栖の姿だった。
「次元と次元の狭間には摩擦が生じて時として、穴が出来ることがある。害のない穴があるならば害を運ぶ穴が存在するのは然り。お前たちがこちらへ訪れる理由もわからなくはない。戦の根元を辿れば、この世界の人もまた別次元の者もそう大差はない。領土拡大。より住みやすい環境に、より欲を満たせる土地に侵略をかけるのはそう不思議なことではないからな。だが、俺たちもまたそれをみすみす見逃すわけにはいかない」
千夏は驚愕した。
猛攻を彼は、片手のみで押さえていたのである。
どうして。
なんで。
混乱する頭ではうまく思考は働かなかった。
「退け、クソが。退かねば潰す」
それは最後通告だった。
聞き受ける節がないと悟った来栖は、腕に力を込めた。
ぐちゃり、と戦慄な音が鳴り響き──それは木っ端微塵に砕け散った。
刹那の出来事だった。
肉塊と化したそれの残骸が、ひらりと舞う桃の花びらと同化する。
「恋人ごっこも、もう少し楽しめると思ったのだがな」
真っ赤に染まった白ランを煙たげに見つめ、来栖刀護はくるりと振り返った。
顔をついた返り血を乱暴に拭い、瞳を細めて妖艶に笑って見せる。
──これが本当に、あの来栖刀護なのだろうか?
「おい、そこの朝比奈家の娘」
上から目線で名を呼ばれて、ぎくりと肩が跳ねた。
ガタガタ震える千夏の様子に、どこか満足げに頷きながら、くいっ、と指を折り曲げて呼び寄せる。
「来い、孕ませてやる」
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