開けてみたい。
でも開けてはならない。
相容れぬ感情の狭間で千夏はしばしそのままの状態で聳える門扉を見上げていた。
警鈴はおさまるどころかより強く響いている。
止めるべきだ。今ならきっと引き返せる──そう、思うのに。
手は不思議と扉に触れていて、ゆっくと、出来るだけ音がしないように静かに押していた。
少し隙間が出来たところで恐る恐る、中の様子をうかがう。
中は闇だった。
何も見えない。
もう少しだけと、鳴り響く警告音を押し殺して、千夏は扉を更に押した。
そして、
「……あっ、」
視界いっぱいに広がる鮮やかな桃色に、驚きと困惑で立ち竦んでしまった。
千夏は目線をぐるりと動かした。
扉の中──室内には、予想に反したものが数多くあった。
電子レンジに冷蔵庫、大きなダークグレー色のベット。
そして、室内にはそぐわない巨木が鮮やかな桃色の花を咲かせていた。
「……桜?」
「違う。桃だ」
突然響いた声に、千夏は弾かれるようにそちらへ顔を向ける。
モノクロのテーブルに足を乗せ、ソファーにふんぞり返って座る人影が目に映った。
瞳を細めて凝視すれば、見覚えがありすぎる姿が乱れ咲く桃色の光に照らされて浮かび上がっている。
長めの白い詰襟に身を包み、無造作に散らばる黒い髪の毛。顔の半分を占める黒縁眼鏡ときたら一人しか該当しない。
「来栖、くん?」
疑心暗鬼で呼びかけてみれば、ちらりとなまめかしい横目で一瞥を向ける。
間違いない。服装は違うが彼は来栖刀護だ。だが、雰囲気がまったく違う。
どちらかといえば草食系にカテゴライズされる少年だったはずなのに、今はまるで別人だ。
射ぬような眼差しは獲物を狙う肉食系のそれである。
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