目を閉じて、一瞬。
在りし日の彼女の姿を見た気がした。
それは懐かしく、同時に切ない記憶のひと欠片。


──力持つものは降りかかる災厄を覚悟せぬばならぬ。


確か、そんな感じの言葉を呟いていたような気がする。


喚んだのかただの偶然だったのか。ちょっと笑えて呆れるいつもの出来事だったならばそれでもいいし、
まあ、どちらにせよこれが彼女──アルトリア・メルセディクの力であるのは確かなことだった。

だから、僕は何も言わない。僕に許されたことはただこの行方を見守るだけ。
たとえこの出来事が予想通りの展開を彩ることになっても、だ。






残念ながら賢者の石ではなかったけれど(本人はそれと疑ってはいないようだけど)、今この時世ではそれに匹敵するものを拾った主はいそいそと帰り仕度を始めた。

さあイッちゃんお願いね、なーんて。動き疲れたのはみんな一緒。けれど主の辞書にはそれはない。

えー! と反発したイツキ殿を一瞬で黙らせて無駄に持ち込んだ自分の荷物と倒れていたその姫君をイツキ殿に背負わせて帰還。



「遅いよ、イッちゃん! 早く早く歩いてよ!」

そんな難儀なことを……。




そして現在。学園──主の工房を備えた部屋の中。ぐったりと部屋の隅でぶっ倒れるイツキ殿なんて目もくれず、「ちょっと、何でとれないのよー!」主は賢者の石(だから違うと言ったところで納得しないから黙っておく)の取り出しにあれやこれやと怪しげな機材を使い死力を尽くしている。

本人の許可なく、勝手に。



……なんていうか。これはバレたら大変なことになるんだろうな。

「だろうな。あの子が意識を取り戻す前にあれを何とかしないと」


むくりと起き上がるイツキ殿。多分僕が言った意味と彼が言った意味とでは違うだろうけど、……この場合、両方の意味で激しくよくないだろうねえ。



そんなこんなでしばらく暴走する主を見守り、取れない取れない(そりゃそうだ)と機材をぶん投げ両手足をぶんぶんぶん回し始めた頃。


ゆるりと麗しき姫君は瞼を開けた。


彼女は部屋を挙動不審にきょろきょろと辺りを見回す。ふわふわと栗茶色のウェーブの髪を揺らして。

一通り見回して、そして主とイツキ殿の存在に目を止めた。



「……あなたたちは?」


ぱちくりと瞬きを数回。かなり驚いてるのが見て取れる。

そんな混乱の最中、今にも飛びかかろうとしている主は彼女をより慌てさせてしまうだろう。イツキ殿の察しは早かった。むぎゅり、と押さえつけて突入開始に移行した主の出鼻をへし折った。


主と知り合ってたった三日とは思えない反応の早さである。よく特色をとらえていると思う。
僕じゃ制止の声をかけられても、とてもじゃないが押さえきれないからね。




「えっ、と。こいつはアルトリア。それで下僕一と二です」



イツキ殿の説明に彼女は一、二、と数えて三のところで首を傾げて止まった。
……まあ、当たり前の反応だと思う。

だけど深くは追求せずに、少女はイツキ殿の次の言葉を待っているようだった。




「多分、怪しい者ではないと思います。俺たちは──」



話の途中でイツキ殿の拘束を抜け出した主は、それはそれはとてつもなく俊敏な動きを見せた。イツキ殿に背負い投げ(お見事!)を食らわし、すささささー、と一瞬で少女の側まで詰め寄り少女の額へ人差し指をあてる。





「この賢者の石ちょーだい!」



はしたないことこの上ない。

少女はわくわくと瞳を輝かせる主を見つめ、何のことだと頭を傾ける。
そしてはたと意味に気づいたようで「これは賢者の石ではございません」少し怯えた顔で言った。



瞬間、

「えー! 違うの!?」主はがっくりと崩れ落ちた。
それと入れ替わるように沈黙していたイツキ殿が苦痛の表情を浮かべながらゆったりと起き上がる。少女の目線がイツキ殿へ向けられた。

実に不思議そうな顔をする。無理もない。黒は珍しいからね。



「あの。そこの、あなたさま」

「俺、ですか?」



自分を指差すイツキ殿にこくりと頷く少女。




「あなたさまは……こちらの方ですか?」



イツキ殿は言葉の意味を吟味して、「あれに首根っこひっぱられて引き上げられた哀れな異界人ですよ」素直に素性を告白する。


「…………」



少しの間。
見守る僕と見つめ合うイツキ殿と主とはまた違った味を出してる美少女と、撃沈中の我が主アルトリア・メルセディク。




少女は軽く深呼吸し、瞳に決意を宿した。
どこか頼りなさげだった雰囲気が一瞬にして強かな女のそれと変貌し、イツキ殿と僕は思わず息を止めて構えの姿勢になる。





「お願いがございます」


少女は言った。



「しばらくわたくしをこちらへ置いてはもらえませんか?」






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