「──成る程ね。嘘じゃなかったわけだ」




肝が据わっているのかただ単に鈍いだけなのか。

自身に降りかかった災難をその少年はそんな意味不明な頷きで受け入れた。




「取りあえず、まともなのはあんたしかいないみたいだし軽く説明頼む」





我が主アルトリア・メルセディク。
稀代の迷惑女の二つ名をもつ我が主がやらかした前代未聞の大失敗は、学園中を──恐らくはこれから国中も──震えあがらせた。



結論から言うと、我が主アルトリア・メルセディク。彼女は《召喚術》を成功させた。

これが本人がしようと思って成功させたものならば、それこそ「歴史を変える!」の主の野望は叶っていたんだろうけれど。


調合の失敗で生まれたそれを、どうやって、どうして出来たのか。


やろうと思ってやったことではない。
本人すら知らない間にやった事柄をどう説明出来ようか。



無理である。




えっと、貴殿、

「樹でいいよ」

ではイツキ殿。話せば長く、恐らく面倒だと思うのだが、

「簡潔に頼む」

結論から言うと、イツキ殿。貴殿は我が主アルトリア・メルセディクによって、この世界に喚ばれたこととなるわけなのだが、

「それは何となく。信じろと言われてはいそうですかなんて言えないけれど、何となく。で、俺はどうなるわけ?」






我が主アルトリア・メルセディクに引っ張り出され、彼女の召喚術(それを行った本人はまったく気づいていない)を見た学園の学者一同は目を剥いた。


無理もない。


何のためにこの国が、様々な職種の専門家育成強化に働きかけているのかといえば、欲しいからだ。

魔術を。

その失われた術を必死になって蘇らせようとしている中、それをやり遂げてしまったのが学園の汚物とまで言われた少女なのだから。



学園中の教師、技術者、学者。お偉いさん方すべてが集まって議論。
その結果、異世界の来訪者であるイツキ殿の扱いは取り敢えず保留の形としてこの場に留まることを良しとされた。





イツキ殿の世界ではわからないが、此処では召喚術……魔術は有り得ないんだ。

「俺の世界でもありえねーよ」

そうか。
まあだから、イツキ殿を調べたい。が本音だろうね。
だけど大っぴらには出来ない事実だから、内密に。主の客人としてか従者としてか、その辺の判断は何ともいえないけど酷い扱いはうけないはずだよ。



……まあ、調べたところでわかるわけもないけどね。
失われた術。
魔術。
調べて、努力して、
そんなので得られるほど簡単なものではない。


「ふーん」

直ぐにもどしてあげたいところだけど、召喚……貴殿は何らかの理由で選ばれたわけで。僕も見えているみたいだし。
それに、



ちらり、と視線をずらす。

むすっと頬を膨らませて腕を組んで、ぷんすかぷんすかと文句を散らしまくる主の姿。




「あのジジィども! 何度言えばわかるのかしら。私が造った《ホムンクルス》だって言ってんのにっ!」


まだ、気付いていない人間が一名。
いい加減、錬金術……いや、本来の能力に気づいて欲しいものである。




……本人があんな感じなので、召喚は無意識で出来たとしても、召還はなかなか難しいと思う。申し訳ないけど。

「いや、それはいいんだけどさ」

いいのか。

「それよりもホムンクルスって何だ?」とイツキ殿が首を傾げる。
……ホムンクルス。

人間ごときが神の威光の真似事をし生命を創造しようなどと愚の骨頂にもほどがある愚かな人間が夢見て成し得ようとしたところで出来るはずもない、


「……お、お前。顔怖いぞ」




……これは失礼。



「もー、腹立つ! 見てなさい今度こそ絶対にびっくりさせてやるんだからっ!」




そんなこんなで、この事件の張本人は悪口雑言をぶつくさと。
またはぷんぷんと。
室内を腕を組んでぐるぐると歩き回っている。

その姿をイツキ殿と、互いの世界の話をしながら見つめ、ふと、不意に主が何かを思い出したかのように振り向いた。



「ねえ、アンタ、どっかで会ったことある?」



とは、突然だ。
そんなわけがない。
世界と世界。
世界を越えるその偉業などそうそう出来るはずもないし、……目覚めたとしても難しいだろうしね。

僕の記憶の中でも、数えるほどしかないのだから(その中にこの少年と会った記憶など今が初めてである)。





「いや、初めましてだと思うけど……」


イツキ殿はどこか所在なさげに言った。


「そっか。まあ、いいや。失敗は失敗だったけど、取り敢えず造ったのには間違いないんだから」


とまだ己を疑わず自信満々な主。そもそもそれが間違いなのだと気づいてもらいたい。



「今日からたんまりとアタシの使いとしてこき使ってあげるから期待しててね」




犠牲者一名追加の本日。
先に喚ばれた先輩として、色々教えてあげたいと僕は思った。


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