「ついに完成したのよ!」
うららかな春のある日の出来事だった。
のんびりぼんやりとひなたぼっこを楽しむ予定だった僕をむんずと掴んで連れ込んで。
一体何事かと話を聞き出せば主は瞳を輝かせながら言った。
……完成。
それは言わずもがな、主がずっと追い求め夢見ていた(というよりはいつも主をけちょんけちょんにしているヒゲ面学者一同を唸らせる為の)あれが一応形としては出来上がった意味をさす。
一応、形として。
「何よ、疑ってるんでしょ」
滅相もございません、とじろりと睨まれて即座に答えると、
「ふーんだ。いいもーん……見てなさいよお! 今からアンタに歴史が変わる瞬間を拝ませてあげるんだからっ」
主はぷーっと、頬を膨らませた後、限りなく無色な髪を掻き上げて。
得意気ににこりと笑って指を突き立てた。
ある意味。
我が主アルトリア・メルセディクは生きた伝説である。
歴史を変える、を本来の能力で実行すれば間違いなく実現出来る。
のだが、当の本人はまだ未覚醒なので仕方がない。主のその野望が叶うのはしばらく先になりそうだ。
まあ、功を焦っても仕方がない。何事も時は待たねばならないからね。
「めんたまかっぽじって見てなさい」
此処は──様々な職種の専門家を目指して、日夜生徒兼準職員が集まる《メテンプシューコーシス専門職種技術学園》、《錬金術課》のとある一室──主の工房だ。
年がら年中(僕が知る限りでは)閉め切ったこの部屋はいつだってじめじめしていて、更に昨夜の残骸から発している変な臭いが更にこの部屋を居心地悪いものへとさせている。
(だからきっと誰も近寄らない)
「あれ? おかしいなあ……これとこれとこれを入れてかき混ぜればいいはずなんだけど」
……いい加減。どこが、その何が可笑しいのか。
僕としては笑点に気付いてもらいたいのだが、……まあ、言ったところで無駄なんだろうなあ。
人間、得意不得意あるわけだし。
そもそも主の場合──
「まあ、いっか!」
と、お得意のめんどくさがりを発動した主は、順序も分量もお構いなしにどばどば突っ込んで鼻歌を開始。
よくない。
どころではない。
また、この感じは──
流石にやばいと止めに入ろうとしたその瞬間、どがああん、と激しい爆発音と共に悪臭を纏った黒煙が一気に室内を覆い始める。
これまた。いやはや。
本日も派手にやらかしたなあ……。
やれやれと、視界の悪い部屋の中。
いつもの如く倒れているはずの主のもとへ近づいて──いつもならば、泣きべそかいてうずくまっているはずの主は、本日は何やら違った。
むくり、と起き上がるなり俊敏な動きで黒こげになった鍋の方へ走って行き、
何を思ったのか。
何を見つけたのか。
「ヒットーーー!」の掛け声を上げ、鍋の底からそりゃもう、大きな魚でも釣り上げる勢いで《何か》を引っ張り上げた。
ごろん、と《何か》が豪快に転がる音が鳴る。
あ、主!?
「や、やったわ! ついにやったのよ!! 完成よ!」
完成……。
「間違いないわ。ほら、よく見て。アンタがこの歴史の証人となるのよ!」
いや、まあ。
公言出来る身ならば、いくらでも主をたてる一つや二つは口に出来るけれども、主。
「こうしてられないわ! アタシ、じーさん達呼んでくるから」なんて、僕の話なんて聴きやしないのはいつものことなんだけれども。
「……ったく、何なんだ……って、くせぇ! んだよこの異臭!?」
人間と思しき、
少年と思しき、
黒髪の、変な服の、
主が引っ張り出した《何か》が、イテーッ、なんか言ってそこにいた。
あ。
目が邂逅。