「……ぁ、アル」
「ダメだよ。まだ、我慢してよ」
「ダメだ。限界だ。で、出る……っ」
「イッちゃん」
「ぅ、熱いんだ。凄く熱いんだ、溶けそうで、……はァ、溶ける」
「もう少し。もう少しでいけそうなの」
「……アル……」
「ね?」
「ぅぁ、……も、もう!」
無理ィィィィと淫らな声を上げながら、イツキ殿は弾けた。
が、むんずと掴まれて再び。
どす黒ーい液体がぼっこぼっこと沸騰する釜の中にぶち込まれる。
「やめろ! アルっ! これ以上やられたら確実に死ぬっっ!」
「大丈夫よ。アタシが、そうこのアタシが製作したホムンクルスだもの、イッちゃんは。これしきのことでへこたれるようにはしてないわ」
「ふざけるな! こんな熱湯の中に入れられてんだ! 死ぬだろっ!」
確かに死ぬだろうね。貴殿でなければ。
「おい、そこの!」
特殊体質を手に入れた彼だからこそ出来る技である。普通の人間なら軽く溶けて、あの液体の一部になってるんだろうね。
「そこのお前っ!」
おや?
「そう! お前だ!」
如何した?
「惰眠貪る暇があるなら助けろよ!」
惰眠なんて人聞きの悪い。僕はね、昨夜、主が放っぽっていた課題を健気にやっていたんだよ。眠いのに。だから仕方がないよ、眠いんだ。
「人命救助の方が先だろっ!」
死にはしないよ。
「そういう問題じゃねーって!」
イツキ殿が此処にやってきて早ふた月が経とうとしていた。
本日もいつもと変わらず騒がしくも平穏な日常が広がっているわけで。
「もう、根性なし!」
ごろん。と鍋から出されて転がる半裸。
特殊な糸で編まれたロープにおかしな巻き方をされた彼の姿は大変不埒である(なんだ、この変態は)。
「根性がどうとかの問題じゃないだろ! 本当お前は……」
「折角、疲れたあ、て言ってたから、疲れをふっ飛ばす秘薬を作って浸らせてあげたのに」
「余計なお世話だよ! ていうか限度を知れ! 限度を!」
我が主アルトリア・メルセディクの毒を呑むと決めた(決められた)彼の体はあの事件をきっかけに激変した。
今わかっている範囲では物理的攻撃はまったくきかない。そして、熱にも強いらしい。なるほどなるほど。
「関心するな。ていうか、寝てたんじゃないのお前」
まさか。
愚かな人間と一緒にしてほしくない。僕は睡眠を取らなくても生きていける種族なので。
まあまあまあまあ。
こんなやりとりが出来るのも、まだまだ世界は平穏──無色──だということ。
「タナベイツキはいるか」
コンコンとノックが響きごっつい男──片手には棍棒。もう片手に剣を持って、背にはでっかい鍋を担いでいる──がズカズカと主の工房の中へ入ってきた。主はむっとし、イツキ殿はホッと息を吐いている。
「エラゴさん」
弱々しい声音で助けを請うが、男はイツキ殿のあられもない姿を見るなり見る見る顔色をおかしくさせた。
「授業に出ないでなにをしているかと思いきや、女といちゃこらか。にゃんにゃんか」
勘違いが発生。だが、その姿で何を言っても受け入れてもらえまい。
「ち、違います!」
「ではなんだ、その破廉恥な格好は!」
「いや、これはアルが……っ」
の言い訳は完全に受け流されて「鍛え直してくれるわ!」鼻息荒くしむんずとイツキ殿を担ぎ上げて男はぷんすかと工房を後にした。
「もう! 折角癒やしてあげようと思ってたのにっ。イッちゃんはアタシのなんだから」
こちらも玩具を横撮りされてかなりごりっぷくな様子。
ちらり。
主が僕を見る。
嫌な予感。
「ということで、アンタ。イッちゃんかっさらってきて!」
僕に拒否権はないんですよ。