その後の話をしよう。
「貴女こそ、そしてイツキさまこそ我らが付き従うべきお方です」
間違いない、とでも言いたげな確信を孕んだ瞳が主とイツキ殿を交互に見た。
ルーターリア姫奪還の戦は彼女の一言と、イツキ殿のただならぬ様子に直ぐに沈静。国は突然の撤退にわけがわからんと混乱していたようだけど、まだ、時期ではない。被害も少なく万々歳とほっと息を吐いているようだった。
「あったりまえじゃない。アンタはアタシが見つけた賢者の石なんだもの」
こちらはこちらで「従うのは当然じゃない」とでも言いたげな瞳でふふーんと鼻を鳴らしておいでである。
「……なんだったんだ、一体」
「何って、アタシの素晴らしさとアタシが生み出したホムンクルスの凄さを世に知らしめる為の戦に見立てたちょっとした遊びだったのよ」
さて。どこから訂正してやるべきか。ありすぎてもうどうでもよくなってくる。
はあ? と眉間にしわを寄せて訝しがるイツキ殿の気持ちはわからないでもない。諦めろ。主は常識の理を突破したお方なのだ。
「それではお二方」
スカートの端を掴んで丁寧に別れの挨拶を。しばしお側を離れること申し訳ありません、なんて、深く深く頭を下げてルーターリア嬢は迎えの従者とともに国へ帰っていった。
「寂しくなるな」
「何が?」
「何がって、ルータァだよ」
「ああ、それなら問題ないわよ。アタシに会いたくなってすぐにすっ飛んで帰ってくるんだから」
「……そのわけのわからない自信は一体、どっから生えてくるんだ」
まったく。と、イツキ殿は頭を押さえた。
騒がしい日常がまたやってくる。彼が頭を抱える問題はまだ他にもあって(そりゃそうだ)。
騒ぎが起きたあの日から数日経った日のことだ。
「なあ、」
あれは何だったんだ?
日にちが経ってふと冷静に。あの日の出来事を再生でもしているのだろう。イツキ殿の真面目顔が僕の顔を覗き込んできた。
「あれから、少し、おかしいんだ」
ぶん、と模擬刀を振るう。へっぴり腰で構えていた以前とは違う。それなりの形でそれなりの威圧をこの短期間で習得した彼の変化に、まあこんなものだろうな、と頷く。
「身体が変だ」
我が主アルトリア・メルセディクがアルトリア・メルセディクだったのはほんの一瞬のことだった。
イツキ殿の記憶もどうやら曖昧のようだったし、あの場で確かな記憶を持っているのは僕と、そして逃げ出した敵兵たち──ルーターリア姫の国の者。
自ずと疑問の矛先は僕に向けられることとなって、はてさてどう説明してやるべきか言葉を選んでみる。
「怪我しても怪我にならないし血もでやしない。痛みが……まったくない。あいつさ、何やったんだ」
俺に。しぼまれていく言葉尻に混乱がよく読み取れる。無理もない。彼は主が選んだ──
貴殿は彼女の毒を呑むと誓ったんだろう?
「誓った覚えはないんだけどな……」
……まあ、そうなんだろうけど。だが、
だが、だからこそイツキ殿。貴殿は今もこうして生き長らえているんだ。
「死ぬ、って思ったのにな」
貴殿はもう死なない(正確には死ねない)。
「不死身の身体とでもいうのかお前は」
そうだね。主との契約が破棄になるまでは、多分。
「……どうすりゃいいんだよ」
これの答えは僕には持ち合わせていない。残念なことに。
ただ一人、答えを握っている人物が彼女であってカノジョではない今の状態ではどうもしてやれないからね。
「いたいた! さあ、イッちゃん、お薬の時間よ」
えへ、とにこやかに笑いながら怪しげな薬品を片手に可憐に駆け寄る我が主アルトリア・メルセディク。限りなく無色な髪の上に乗っかる、おっきな赤いリボンをばいんばいん揺らして。
「はあ」そしてイツキ殿の口から落ちるおっきな溜め息。
諦めろ。そして耐えろ。
「お前は俺をどうしたいんだ、本当に」
「より強く、より悪質に」
「笑顔で恐ろしいことを言うなっ!」
ずるずるずる。
首根っこを引っ張られ、引きずり込まれるイツキ殿の勇姿を見守る。何があっても平気な特異体質を獲得した彼だからこそ付き合える主の余興である。
そう。
今まで誰一人も(僕は特別)分け与えることなどなかった我が主アルトリア・メルセディクの《孤独》を受け入れると誓わされた彼だ。
ふと、あの時見せた主の切なげな表情を思い出す。イツキ殿が一体何を握っているのか。こじ開けるきっかけだけの為に喚ばれたわけではないと思う。
ならば……
《孤独》を分け与えてまで彼を生かしていたかった理由はなんだったのか。ふと喚ばれた異世界人の興味はまだまだ尽きることはなさそうだね。