さて、呑気な日々もこれまでである。
「姫様を盾にして何の対話か! 休戦か! もはや話し合いの必要はない!」
予想通りの展開といえば予想通りで、少しは頭を使ったらどうなんだろうか。それが飾りものでないのならば。
他に黒幕……とは言い切れないのが悲しいとこだが、使者として他国に赴く予定だったルーターリア姫が突然行方をくらまし、同盟関係にあるといえど中身的には真っ黒な相手国に軟禁(ということになってしまったらしい)されていたとなったら、そりゃ両国が衝突するのは時間の問題だった。
こんな事態の時にこそ!
と、日々、鍛えに鍛えまくった学園の生徒たちは一斉に駆り出され、勿論我が主アルトリア・メルセディクももれなく仲間入りしてる。
むしろ、
錬金術(それもまったく使えない)がこうも前線に出てるのは異常事態である。ものを調合し、なにとどう戦えというのかまったくわからない。
まあ。これは一つの責任として。その命で帳消しにしてやると、そんなところだろうか。
冗談ではない。
「……冗談じゃねえよ」
ぼそり、と呟きが聞こえた。
ぷるぷると震え、試供品の(扱いが酷すぎる)剣を抱えたイツキ殿は涙目である。
こんな状態になって初めて彼を、本当の彼を見たのかもしれない。
「夢なら覚めろ夢なら覚めろ」と何度も繰り返し、蒼白。
ずいぶんと肝が据わった御仁であると思っていたのだが、そりゃそうだ。突然違う世界に飛ばされましたー、になって冷静でいられるはずもないのだ。
初めて危険らしい危険。それも命にかかわるような展開になって、やっと彼も此処が己の世界ではないことを理解したらしい。
「なにびくついてるの、イッちゃん。向かい来る敵を鬼神の如く薙払ってくれるんでしょ?」
「一体誰が! いつ何処で!? 何時何分!? そんな約束したんだよ!」
「さっき」
「してねー!!」
砂塵が舞う。
僕たちに下された命は、敵陣の出鼻を挫くことにある。
……たった三人、否、二人で。それももどきな錬金術士と限りなくノーマルな異世界人で一体何が出来ようか。
僕は賭けてもいいね。きっと二人とも軽く死ぬ。
「冗談じゃない。俺はこんなとこなんかいられない」
それは本音だったと思う。確かに、無関係な彼を巻き込むのは多少申し訳ない気持ちはあるけど。
僕は一応忠告したし、何より我が主アルトリア・メルセディクが喚びだしたのだからそもそも口を挟める立場ではない。
「女の子を一人にするき?」
「お前は女なんじゃないよ!」
「守ってよ」
「誰が! 見ず知らずのやつに命をかけられるか!!」
もっともな意見だった。
だけど、
「なら、いいよ」
どん、とイツキ殿を押す主。酷く悲しげな声音で。
「へ?」
「アタシの側にいてくれないホムンクルスなんていらない」その顔はまるで、突き放された子供のように。
嫌な空気が流れ初めて、一拍。
展開とは常に突然襲いかかる。
──主!
早かったのは誰か。
僕の叫びか。
気づいた主か。
それとも──
「なにやってんの、アンタ……」
僕たちの前に血だらけのイツキ殿が立っていた。
ぽたり。またぽたりと赤い滴が落ちていく。「知るか」とだけ呟いて、突然降り注いだ矢から主を庇ったイツキ殿はそのままパタリと地面に崩れた。
──どくん。
僕は目覚めの音を聞いた。