この世界……この時代もまだくだらない怨恨は続いているようで、誕生滅亡誕生と繰り返していく世界で、そんなくだらないものまで繰り返さなくてもいいのではないのか。というのが僕の意見である。
《メテンプシューコーシス専門職種技術学園》否、この国ラディン公国は数年前にお隣さん。バルバニー帝国から独立したまだまだひよっこな、けれど技術だけは成熟した小さな国である。
特別何かしでかしたわけでもないが、お隣さんからすれば独立にいい響きなどもっていないだろうね。それもめきめきと技術関連を伸ばしていっているし、小さいといえどいずれ凶器になるかもしれない。
ならば、早めに叩くほうが得策である。だがかといって闇雲に《気に入らないから》なんて理由で戦争を起こすのは由としない。態度と誇りだけ無駄に高い愚か者の考えそうなことだ。
非の隙は絶対与えず、上手くきっかけを作って潰しにかかる。小汚い考えだよ、まったく。
「賭けて、みたかったのです」
事態が事態である。青白い顔をしながら深々と頭を下げてルータァ(仮)がそんなことを言った。
「我が血筋に代々伝えられてきたことです。異界の民の召喚と共に、必ず変革が起こるのだと、そして私たちはその者につき従うのだと、そう教えられてきました」
彼女の瞳がちらりとイツキ殿に向けられる。その静かな、だが決意を秘めた瞳に見られて「え?」彼はあたふたとする。
「なに。イッちゃんったら実は凄いんじゃないの!?」
大喜びする主。
「これなら大丈夫ね! 先陣はイッちゃんに任せるから激しくどかーんとやっちゃってね!」とは、無理を言うもんじゃないよ主。
「なに言ってんだよ! って、何が起こってんだ今?」
意味がわからん。とでも言いたげな瞳がさ迷って僕の方へ辿り着く。
……やれやれ。一体何から説明してやればいいのやら。
「どういうことなんだよ」
もう隠していても仕方ないだろうし、いや、もうばれてしまったし。
彼女はね、イツキ殿。
その額の印……恐らくはレグルス皇国の姫様だよ。
「姫、なの?」
「はい」
本当は使者か何かで訪れる予定が、まあ悪巧みしそうな連中みたいだし。危ういところを我が主アルトリア・メルセディクに釣り上げられたんじゃないのかな……そうイツキ殿のようにね。
「そう、なのか?……いや、その前にだ。俺には全っ然話が見えないんだけど」
平穏そうに見えて世界は激しくどす黒いんだ。
魔術を欲しがり、色んな勢力があれだこれだと小難しい対話をし、実力公使し、……イツキ殿の世界にはそんな奴らはいなかったのかい?
「少なくとも俺の周りには」
だろうね。ちょうど沈静していただけで、叩けば埃はいくらでも出てくる。
本当の姿はこれなんだよ。貴殿はとんでもない世界に喚ばれてしまったね。
「なーにわけのわからないことを喋ってるの? いい。イッちゃん。これは好機なんだよ! アタシの名を世に響かせる為の! だから頑張ってね!」
ぽふん。イツキ殿の肩をそれそれは機嫌良さそうにめちゃくちゃ期待を込めて叩いた。
はあ、と溜め息を漏らすイツキ殿。
……逃がしてやりたいとこであったが、彼女がそう望んでいる限りそれは叶いそうもない。ここは諦めて潔くよく散るのがいいのかもしれないね。
「どうしてくれるんだ、お前は」
「今までも散々だったが……まさか、レグルス皇国の皇女を誘拐しているとは」
「これで仲裁は難しくなった。今はその時ではないというのに……」
「しかし一体どこから? 彼女は」
「バルバニー帝国へ赴く道中だったと聞く」
「そんなことはもうよい。まずは……ふう。何とかしてもらわねば」