《メテンプシューコーシス専門職種技術学園》が、否、この国、この民族が。何故にこうもここまで専門家育成に力を入れているのかといえば、一つは失われたそれの復活を望んでいるからであり、
更に。
何故にそれほどまで強く望むのかといえば答えは簡単だ。必要だからだ。
この状況下、そんなことが本当に出来て活用出来るならば、間違いなく──
──有り得ないというのは、愚かな人間を恐ろく魅了させる。
「どういうことなんだ?」
主とルータァ(仮)が強制連行され、追いかけるように後を続く僕とイツキ殿。ばたんと乱暴に閉められた木目の扉をしばらく二人で見つめ、ふー、と吐き出した溜め息と一緒にイツキ殿は問いかけてきた。
彼は異世界人であり、この世界のことは何も知らなかったのだなと気づかされた。なんていうかあまりにも自然に溶け込んでいたし。
イツキ殿の世界はどんな感じなの。
「どんな感じって……何が?」
……。訊くまでもないことだった。
飛び抜けた能力もなく、どこかのほほんとして平和ボケしているような、そんな雰囲気の持ち主である。
人間なる生き物はね、とことん争わなきゃ生きていけないらしいね。
「は?」
貴殿の世界では──少なくともイツキ殿を取り巻く世界では、こんなことはないんだろうけど。
「…………」
この世界はね妬みと欲望と憎悪が折り重なって出来ているんだよ。
もう一度扉を見た。
正しくはその向こうにいる我が主を。
こんてんぱどころじゃすまされない、振りかざされた幾つもの腕が激しく大地を打つ雨の如く主に落とされた。血液(らしきもの)がぐんと一気に上昇する。冷静でいなければならないのに……ああ、何をしてくれようかこやつらは。
だが、そんなことでびくつく主ではなく負けじと噛みついている様子に少しホッとし、内心酷く動揺している僕がいる。
……眠り続けていられるなら、良かったはずで。けれどそれでは困る主への、否、彼女への忠義の思いが感情をおかしくさせてしまう。
目覚めればいいのだ。
そうして(否、あくまで僕は中立でなければならない)壊してしまえばいい。
色は(限りなく無色なままで)黒か赤か。どちらも(いけない)おもしろいものを連想(してはいけない)させる色でとても良い。
青い空などに興味はなく、真っ黒な雨が降り注ぐことを祈る。真っ赤な雨も大変心が踊るし「お前、大丈夫か?」ああ、ようやく。ようやく我らの──
「おい」
乱暴な衝撃に目が覚めた。
見れば体をイツキ殿に掴まれている。体を……?
「大丈夫か? なんかおかしかったぞ」
おかしい?
「心配なのはわかるけどさ、お前、今にも」
噛み殺しに行くような勢いで。なーんてイツキ殿が恐ろしいことを言ってきた。そんなことするはずもないだろう。その前に僕には出来るはずがない。
「…………」
多分、きっと、だけれども。
「?」
イツキ殿、貴殿は逃げたほうがいい。
と口にして気がついた。逃げ場所など、彼にあるはずがない。
未だに慣れるに至ってない異世界の彼に安息な地などあるはずもないのだ。
「逃げるって、何が?」
律儀にも問いかけてくる。
「おい」
そう。彼以上に逃げ道のない者はいないだろう。
せめてもの情け。
同胞として、先輩として。僕が唯一してやれることとすれば、これから起こり来るであろう未来を伝えてやることだ。
戦が始まるよ。