続・理想の2人になるために


牛乳事件から数日。
澪葵は盛大に溜息をついた。

「ああ、サイアクだわ。身長は伸びないし、ポケスロンは……あんな成績だなんて」

どう考えても自業自得に外ならないのだが、今の彼女にとってそんなことは些細な問題でしかない。
前しか見えないというより、目先30cmくらいまでしか見えていない彼女にとって、その結果だけが重要なのだ。

「……決勝まで残れたんだからいいだろう」

前半の部分に突っ込むとまたいらぬトラブルを引き起こすのが目に見えていた玲士は、とりあえず後半部分に突っ込んでみた。
そう、救護室に運び込まれたものの、かろうじて演技は終わらせていた……のだが、彼女が言っているのはそんなことではない。
その成績が気に入らないのだ。

「何であたしが予選ギリギリ通過なのよー!」

上位組常連の澪葵にとって、ギリギリ通過は予選落ちも同然なのだ。

「仕方ないだろう、お前が試合前にあれだけ牛乳を……、」

言って、玲士は後悔した。
澪葵の目の色が変わったことに気付いたのだ。
すなわち、澪葵にとって論点はこの一瞬で"ポケスロンの成績"ではなく"牛乳事件の結果"にすり変わったのだ。

「そうよ、牛乳よ。この間はポケスロンという恐るべき障害が立ちはだかったし、第一牛乳なんかで身長が伸びたら怖いわよね。もしそうなら、牧場の人や牛乳屋さんはみんな巨人だわ」

それは偏見だろう、という言葉を飲み込んで、どうしたものかと考えていると、

「そーだわ!」

突然澪葵は立ち上がり、トトト、と小走りに玲士の背後に回り込んだ。
そして、

「……何をしている?」

ぐい、ぐい、と玲士の頭を両手で押さえ付け始めた。

「レイ君、身長縮んだ感じしない?」

「こんなことで身長が縮む方が怖いと思うぞ、俺は」

それは至極真っ当な意見だった。
しかし、その程度で諦める澪葵ではない。

「むー。やっぱりもっと強い衝撃を与えなくちゃダメなのかしら」

さらりとされたその発言に、何やら不穏なものを感じ取った玲士は逃げようと試みた……が、それよりも先に澪葵によって足を氷漬けにされた。

「あ、動かないでねレイ君。動いたら流すから」

この場合の"流す"は恐らく"波乗り"のことだろう。
少しばかり命の危険を感じた玲士は、(不本意ながら)大人しく澪葵の様子を見守る。

澪葵はかばんを手にすると、手当たり次第辺りにあるものをかばんいっぱいに詰め始めた。
傷薬やボールはもちろん、フライパンらしきものまで見えた気がする。

玲士の背中に、一筋の冷汗が流れた。
「今すぐ逃げろ」と本能が告げる。

――そして。

「はい、いくよー」

「ちょっ!澪葵、待て……!」

「つべこべ言わないのー!」


ガツ!!


………ドサリ。


「きゃー!ちょっとレイ君、レイ君?!」

薄れゆく意識の中で、そういえば澪葵の特性は"力持ち"だったな……と、散らばったフライパンや辞書を見ながら、そんなことを思った玲士だった。


この日から、澪葵は"手加減を知らない女"だと、誰からともなく、噂されるようになったという。


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