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そして、昼休み。
私は走っていた。全力で。背後に中年のおっさんの怒声を受けながら。

「岩村ァああああ!今日こそ逃がさんぞっ!!」

「やーだよ!っていうか辻セン、教師が廊下走っていいわけ?」

「走らせてるのはお前だろ!」

「走りたくないなら走んなよ!」

「そしたら逃げるだろう!」

「当たり前じゃん。今でも逃げてんのに……」

教師を挑発するため、後ろを向いて走っていた私は、誰かにぶつかって転倒した。
くっそ、誰だよ邪魔しやがって……

「いってー。おい!ちゃんと前見て……ゲッ!兄貴!」

自分の事を棚に上げて文句を言おうとした私が見たのは、この世でもっとも嫌いな兄の顔だった。

「岩村、丁度良い!妹を捕まえてくれ!」

「あ、はい」

しまった。
あまりに突然兄貴が出てきたもんだから、反応が遅れた。
逃げられないようにがっちり腕を固められたもんだからたまったもんじゃない。
くっそ、このデカブツ兄貴め。

「痛いんだよ、放せよ!クソ兄貴!」

「放せ、じゃない。お前今日は何をやらかしたんだ?」

またか、といった表情で兄貴は小さくため息をついた。
ふん、あんたに私の気持ちなんてわかるもんかっ!

「ちょっと授業サボっただけだ!」

「一限の途中で『だるい』とか言って教室の窓から飛び降りて、今まで姿をくらましてたののどこが“ちょっと”だ!」

「いーだろ、別に」

「よくなーい!大体お前は……!」

辻センのウザい説教をとりあえず適当に聞き流しつつも、どうやったらこの兄貴の拘束から逃げられるか思考を巡らせていた、そのときだった。
廊下の向こうから、なんとなく見覚えのある……

「およ。岩村……と、夏希ちゃんー?何やってんのー?」

「……見ての通りだ。このバカタレがまた色々やらかしたようでな」

「ふ〜ん?あ、辻村先生。さっき放送で呼ばれてましたよー」

頭のねじがゆるいんじゃないかと思うくらい間延びした喋り方をする、兄貴の同級生……春日がそう言いながら、ちらりと私の方に視線をよこした。
……もしかして、助けてくれた、のか……?

「なに?……とにかく岩村、あとで反省文を書いてもらうからな!」

辻センが説教を切り上げてその場を離れ、兄貴の拘束が一瞬緩んだ、その瞬間。
私は兄貴の脛を思いっきり蹴っ飛ばして、ダッシュでその場を走り去った。


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