1 「撒いた……か?」 後ろを振り向けば、津川の姿は見えない。 バスケではしつこいディフェンスとか言われてるみたいだけど、さすがに教室で不意打ちかましたら追っては来れなかったようだ。 私はそっと胸を撫で下ろし、呼吸を整え……気付いた。 津川を撒くことを考えてたら、購買とは逆の方向に来てしまったようだ。 このまま購買に行ってもいいけど、また津川とかに遭遇しないとも限らない……し、第一、校舎の向こう側まで行くのはめんどくさい。 「……いいや、寝よ」 今日は午後の授業も受けようかと思ってたけど、そんな気分じゃなくなった。 とりあえず5限はサボって、6限は起きたときの気分で考えよう。 ここからなら、あそこのが近いし。 津川なんぞには絶対に教えたくない、私だけの場所。 西校舎の裏側、隣の寺との境目に、ちょっとした池がある。 あんまり日当たりはよくないけれどじめじめしてるわけじゃなく、むしろ初夏の今頃の昼休みにはちょうどいいくらいだ。 日当たりが悪いのと隣が寺ってので、敬遠して人がなかなか来ないってのも気に入ってる。 だけど、私がここを気に入ってる最大の理由は別にある。 「……かわい、」 くわ、くわ、と鳴きながら目の前の池をカモの親子が泳いでる。 意外、と言われるのが嫌だからあまり公言したことはないけど、結構鳥が好きだったり、する。 特にヒヨコとか、目の前を泳ぐカモの赤ちゃんとか……そんなふわふわしたコたちが好きだ。 このふわふわたちを見られるのは今の時期だけだけど、だからこそ私はここに足しげく通っている。 「そうだねー、かわいいよね」 「だろ?」 ……って、うっかり相槌打ったけどちょっと待て。 今ここにいるのは私だけのはずだ。 だけど、聞き覚えのある……そう、できればあまり聞きたくない……声が聞こえた。 ぎぎぃ、と音を立てそうなくらいぎこちなく首を声の聞こえた方に向ける。 この緊張感のカケラもない間延びした声は……、 「夏希ちゃん、ここにいたんだね」 「か……春日っ!」 案の定というかなんというか。 できれば今会いたくない人物ワースト3に入る兄貴の仲間……春日だった。 |