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「岩村ー」

フォーメーション確認のボードから目を離さぬまま、春日が言った。

「何だ?」

春日の動かした赤いマグネットからインサイドに切り込むように青いマグネットを動かす。

「あ〜、そーだねーそう来られるとちっとばかりキツいかもねー」

ならばと赤いマグネットがヘルプに来る。
ああだこうだとマグネットを動かしているうちに、最早何が目的かわからなくなってきた。やり直しだ。

「……で?」

一区切りついたところでボードから視線を外す。
話が中途半端なままでは集中できそうにない。

「いや、大したことじゃないんだけどさー。夏希ちゃん。彼女、家でいっつもさっきみたいな感じなんー?」

「……誰かが突然うちに来たせいで、近年稀に見る荒れっぷりだ」

僅かばかりの厭味を込めてそう言えば、その張本人である"誰か"は「あららー」といつも通りどこ吹く風。
まるで、柳。

……しかし実際、数日前から夏希の態度が微妙におかしい、気がする。
どこがどう、というわけではないが。
俺の知らないあの昼休みに、何かあったのか。

「うーん、オレは何もしてないからねー?」

俺の考えを見透かすように、春日が薄く笑う。
こういうときのこいつは、正直少し苦手だ。

「……まー、今日はもうぐだぐだだし、オレはそろそろ帰ろーかなー。また部活で皆の意見も聞いた方がいいだろーしねー」

「……そうだな」

この空気の中でミーティングを進められるような気分にはどうしてもなれなかった。

「およ」

先に部屋出た春日が妙な声を上げた。
様子を伺ってみれば、ちょうど台所にでも行こうとしていたのだろう。夏希とばったり鉢合わせた。

「か……春日っ?!」

……珍しい。
あの夏希が、ここまでうろたえるなんて。

「あ、夏希ちゃんー。やっほー」

しかし春日はといえば相変わらずで、ひらひらと手を振った。

「〜〜っ、帰れッ!!兄貴、さっさとソイツ連れてどっか行けよ!」

そう言い捨てると、ばたばたと足音を響かせながら自分の部屋へと戻って行ったのだった。
ちらりと見えた横顔が赤かったのは、果して俺の気のせいか、それとも。

春日を送り出した俺は、俺の周りで静かに変わりはじめている何かに……不安と、ほんの僅かな期待が混ざった何とも言えない感情が駆け抜けたのであった。




――その日の夜。
自室でぼんやりとこの一週間……そして、今日の出来事を考えていた。
夏希と春日など、不安要素しかない。
しかし、春日と出会ったことで夏希が変わりはじめているのもまた事実。
もしかしたら、あいつらの出会いが俺と夏希の関係も変える……


「かーさん!あたしの洗濯物、兄貴と一緒に洗うなっつってんだろ!」


……のは、まだまだ先、だろうな。


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