2 「夏希」 「なぁに、黄瀬」 いつも通りにそこそこハードな練習も終わり、さつきと雑談しながら今日の部誌をつけていると。 さっきまで体育館にモップをかけていた黄瀬が、あたしの背後に立った。 「オレ、今日は撮影の打ち合わせあるっスから。先に帰ってていいっスよ」 「あ、うん。わかった。じゃーね、おっかれ」 ろくに目も合わさずにひらひらと手を振れば、背後の気配は間もなく消えた。 そんなあたしたちの、割といつも通りのドライなやり取りを目の当たりにしたさつきは、呆れたように小さくため息をついた。 「なんていうかねー。夏希ちゃんもよくやるよねー」 「ん?なにが?」 「きーちゃんと。付き合っているんだよねぇ?一応」 黄瀬が立ち去った方向とあたしを交互に見て、しみじみと言った。 「うん、まあねー」 「なんだっけ、きーちゃんの泣き顔が見たいんだっけ?」 「そうそう。だってさ、あいつに泣かされた女の子は星の数ほどいるのに、あいつが女の子の前で泣いたことってないんだよ?」 いつだってどこか斜めに構えてて、女の子と付き合うのだってただの遊びで暇つぶしだって思っているようなあいつをどうにか見返してやりたくて。 幸いと言うべきか、不幸にもと言うべきか。 さつきを始めとする、この計画を知っているバスケ部の面々は、特にまあそれを止めることもなく、むしろ愉快犯だって中にはいるわけで。 「……あの、」 「ぅわぁあっ?!」 「あ、テツくん!」 ああー驚いた。マジ驚いた。 もうかれこれ3年の付き合いになるっていうのに、相変わらず黒子は神出鬼没っていうかなんていうか。 気配を殺して立つとか、こいつ、絶対忍者の末裔とかに違いない。 「驚かせてしまったみたいですみません。あ、ええと、桃井さん。監督が呼んでいます」 「え、ほんとに?ありがとう、テツくん!」 さつきが呼ばれたのは、多分、今度の対抗試合のことだろう。 あればっかりは、あたしにはできないことからなー。 「……って、黒子。あんたはいつまでここにいるのさ。あんた、さつき呼びに来たんでしょ?」 なら、もう用は済んだと思うんだけど。 しかし黒子はその場から動かずに、うーん。と小さく唸った。 「時枝さん。さっきの話、本当ですか?」 「さっきのって?」 「黄瀬君のことです。彼を泣かせたいっていうのは本気ですか?」 「なによ、黒子。あんたあたしの邪魔するっていうの?」 別にいいじゃない、黒子を泣かすってわけじゃないんだしさ。 そりゃまあ、それでメンタル崩れて試合に影響出るようならそれはそれで問題だけど。 でも、アイツが付き合ってきた女の子の中には同じようにされてきた子だってたくさんいるはずだ。 「いえ、邪魔をする、というか……、」 |