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「まさか……そんなこと、あるわけ、」

「そうね、あたくしもそう思うわ。でも、周りはそうじゃなかった」

ゆっくりと彼女は首を振ると、一歩、足を踏み出す。

「最初に見たのはホドモエのつり橋が落ちる夢だった。ああ、なんてリアルな夢だろうって、その時は思ったわ。でも夢を見たその数日後、それは現実となった」

「それって予知夢?なら、逆に皆に知らせたら……」

「最初はね、あたくしもそうしていたわ。妙にリアルな、嫌な夢を見たときには特に。でも、ある日疑問に思ったの。これは"あたくしが夢に見たからこそ起こった出来事じゃないか"……ってね」

ドロテアは一度そこで言葉を切り、そして、目を臥せる。

「そして、そう考えたのはあたくしだけではなかったのだわ。疑心暗鬼に囚われた誰かが、あたくしの夢のせいだと言い出した。あたくしにとって不幸だったのは、それがその地域の有力者だったことだわね」

それ以降は語らずとも、九重でも想像に容易い。
棲みかをを追われたドロテアは、安息を求め、村から離れて過ごすようになった。

「人前に出るときは、真っ黒な深い帽子にコートは手放せなかったのだわ。……師匠に出会うまでは」

「えっと……ドリーのお師匠様って、どんな人?」

九重からの質問に、ドロテアは懐かしむように目を細める。

「とても前向きな人だわ。師匠の"女の子だから着飾らなければもったいない"っていう一言に、あたくし、救われたのだわ」

「そっか……」

相槌は打ったものの、次にかける言葉が見つからない。
只の世間話のはずが、予想以上の壮大な話に九重が二の句を継げずに視線を床に落としていると、嗚咽のような声が聞こえてきた。

――まさか。
慌てて顔を上げると、そこには。

「……っ、くっ、……くく……っ、あははは!」

可笑しそうに笑う、ドロテアの姿。
あまりの展開に着いていけず、九重は唖然として彼女を見つめる。

「あはん。今のは作り話なのだわ。良くできたお話だったでしょ?」

そう言ってドロテアは悪戯っぽく笑い、ウインクを飛ばす。

「え……でも、だって、」

作り話にしては、あまりにも辻褄が合いすぎる。
そんな九重の思考を遮るように、ドロテアは口を開く。

「あたくしがお洋服に興味を持ったのは、師匠がとてもお洒落な方だったからその影響なのだわ。今はどこで何をしているのかはわからないけど……」

懐かしむような視線を虚空に向けたのも束の間。
ハッと気付いたように、机に身を乗り出した。

「ほらほら、九重!手が止まっているのだわ!」

早く早く、と急かす様に九重は苦笑を漏らす。

深く考えるのはよそう。
彼女が何であれ、今はこの店の大切な常連なのだから。

「任せてよ」

とある洋裁店の応接室に、今日もまた、クロッキー帳に鉛筆を滑らせる音が響いていた。


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