1 「じゃあ、また何かあったらいつでもここに来るといいよ」 「ありがとうございます、博士。お世話に、なりました」 翌朝。 いよいよエンジュシティへ向かうため、ウツギ博士の家を少し早めに出発した。 …とはいっても、待ち合わせは歌舞練場に3時頃。 今は少し遅めの朝食くらいの時間なので、風音に乗って直行すれば早めのお昼くらいの時間に着いてしまうだろう。 あんまり早くにエンジュに着いて、誰かに会うのもなぁ……と、いうわけで。 「ヨシノまで歩こっか」 ワカバからヨシノまでは、歩いてもそんなに距離はなかったはず。 あんまりのんびりしすぎなかったら、ヨシノから風音に乗せてもらえば十分間に合うはず。 『そうだね、今日は天気もいい』 今朝は底冷えするくらい寒かったけど、太陽が昇れば蒼衣の言う通り暖かくていい天気だ。 そういえば、前にここを通ったときはヒビキくんも一緒だっけ。 で、この先もうちょっと行ったところで風音に出会って。 なんだか懐かしいようなそうでないような、不思議な感じ。 みんな最初は小さくて保母さん気分だったのに、ひとつ成長するごとに大きくなって。 今じゃあ、みんな擬人化したら私より年上なんだもんなぁ。 (そして悲しいかな、女の子勢はなんであんなにスタイルがいいんだろう) すると隣からクスクスと笑い声が聞こえてきた。 ――蒼衣だ。 「……なに、蒼衣」 どうせ私の考えなんてお見通しなんだろう。 蒼衣は苦笑しながら言った。 『この前も言ったけど、そんなに気にしなくてもいいと思うよ』 なんて言われたら、いつまでも拗ねてたら私が子供みたいじゃないか。 「まあ…ね、」 気にしないというよりは、むしろ半ば諦めてたりもするんだけど。 そんな他愛のない話をしているだけで気持ちはやっぱり楽になってきて。 いつの間にか、ヨシノシティはすぐ目の前というところまで来ていた。 「そろそろ風音に交代しよっか」 今からエンジュへ向かえば、多分ちょうどいいくらい。 『そうだね……、』 何故か蒼衣の返事は歯切れが悪かった。 「どしたの、蒼衣?」 『……正直なところを言うと、僕はカナエにエンジュに行ってほしくない。でも、カナエは知らなくちゃいけない』 「うん……?どうしたの、突然、」 『……わからない。でも、何となくそう思うんだ』 そう言った蒼衣の横顔は、何故か淋しそうに見えた。 それは私の気のせいか、それとも……、 『ごめんね、カナエを困らせるつもりはなかったんだ。さ、時間に遅れるよ』 そして蒼衣はボールに戻るべく、私から一歩離れる……けど。 蒼衣の気持ちがなんだか流れてきた気がしたんだ。 だから、 「蒼衣、蒼衣。ちょっとだけ寄り道しよっか?」 こんな気持ちのままじゃ、私はエンジュに向かえない。 『え?でもカナエ、時間……』 待ち合わせ時間までは今から行ってちょっと早いくらい。 寄り道をすれば、恐らく遅刻。 私はポケギアを取り出すと、先日登録したばかりの番号を呼び出した。 「……あ、もしもしサクラさん?どうも、カナエです。今日なんですけど、時間に少し遅れそうで……ええ、すみません。4時までには必ず……はい、じゃあまた後で、」 ぴ、と小さく電子音を響かせてポケギアを切ると、蒼衣がぽかんと私を見つめていた。 『……やっぱりカナエは妙にずぶといね』 「そんなつもりはないんだけどね」 そんなわけで、たった1時間だけだけど寄り道の時間ができた。 辺りに人気がないのを確認してみんなを出すと、みんなその場で人型をとる。 「寄り道だよ」と言えば、みんな少し安心した表情になった。 ヨシノから、みんなで歩いて行けるところまで歩いていこう。 空はとてもいい天気で、今日は綺麗な夕焼けが見れそうだな、なんて。 何となく、そう思った。 |