1 「やあ、おはよう」 「どうもおはようございます、ワタルさん」 翌日。 少し早いかと思ったけどフスベジムを覗いてみれば、入口のあたりにワタルさんは既にいた。 結局、昨日の夜遅くまでいろいろ考えてはいたんだけど、何ひとつわかることはなかった。 「ふぁ……、」 昨日遅くまで起きていた割には早く目覚めすぎてしまって、今更になって眠気が襲ってくる。 『だから、早く寝た方がいいって言った』 少し非難がましい蒼衣の声が響いてくるが、とりあえず無視だ。 そうこうしてるうちに、いつの間にかジムの最奥部まで来たらしい。 昨日見た景色が広がっている。 ……そして、 「イブキ、」 ワタルさんはそこに佇む彼女……イブキさんの名を呼んだ。 「ワタル兄さん…、」 「イブキ、わかってるね?」 するとイブキさんは気まずそうにしばらく視線を宙に漂わせたあと、 「……悪かったわね、」 そう言って、頬を染めた。 私としてももうどうでもいい…わけではないけど、まあ、別にこれで丸く収まるのならそれでいい。 「さて…と。オレは一度リーグの様子を見に行くよ。カナエちゃんは、どうするんだ?いずれはリーグまで来るのかい?」 リーグ……そういえば、そこまでちゃんとは考えてなかったな。 ジムバッジを8個手にした今、挑戦する資格はある。 ……でも、 「わかりません…今から、少し大切な用があるんです」 ウツギ研究所で…そしてエンジュで、何を知ることになるかはわからない。 だからこそ、曖昧な約束はしたくない。 「そっか。まあ、またリーグでなくとも縁が合ったら会えるだろう」 そう言ってワタルさんはマントを翻し、私たちの前から去っていった。 私とイブキさん(…と、蒼衣)が部屋に残された。 「えっと…、」 ここから出るタイミングを逃してしまってどうしたものかと考えていると、イブキさんがぽつりと何かを呟いた。 「……え?」 「……ちょっと困らせたかっただけなのよ。あなたがワタル兄さんに認められてるのが、悔しくて」 照れ臭そうにそう言う姿は、なんだか少しかわいく見えた。 イブキさんって大人っぽいと思ってたけど、意外にそうでもないんだなぁ。 「いいですよ、もうそんなに気にしてません」 私の言葉に、イブキさんはほっと胸を撫で下ろした。 「えっと、じゃあ…そろそろ行きますね」 さぁ、フスベシティでの用は全て終わったから…ワカバへ向かおう。 「あの…さ!」 くるりと後ろを向いた私を、イブキさんが呼び止める。 「その……また、来るでしょう?」 なんでだろう……、 私は、曖昧に笑って頷くことしか、できなかった。 いつもは言える「またね」。 でも、なぜか……そう、言えなかった。 |