1


貴女と出会って、私の世界は動き始めた。
だから私は、貴女に伝えたい。


「る…るる、らら…」

静かな水辺に私の歌声が響く。
肩を撫でる夜風が心地よい。

夕方から気持ちがもやもやして、気分を変えたくて部屋を出て来た。
その気分を表すように、歌声は少し重い。

ちゃぷり、と水に足をつけると、元の姿のときよりも幾分冷たく感じた。
しかしそれは不快というわけではなく、その冷たさが心地よい。

アサギから離れてどれくらい経ったかしら。
ふと、そんなことを思う。
ずいぶん遠くまできたみたいで、潮の香りは全然しない。

アサギが懐かしくないといえば嘘になる
でも、あのままあそこに居たら知らないことをたくさん知った。
何も知らずに私は人間を嫌い続けるところだった。

きっかけをくれたのは、彼女。

タンバまで彼女を連れて行く条件に、私はこう言った。

「何でもいいから、私を信じさせて」

どうせ裏切られると思っていた。
タンバとアサギの往復をしたら、それで終わりだと。
すぐに姿を消してしまうものだと信じていた。

でも、待ち受けていた光景に私は目を疑った。
砂浜が。
疲れているはずなのに、彼女はあのアサギの砂浜のごみを拾っていた。
人間も…捨てたものではないかのしれない。

もっと綺麗になるには時間がかかるかもしれない。
でも、動かなくちゃ何も変わらないってことを教えてくれた。


――さくり。
草を踏み分ける音。

「しずり、」

「あら、カナエ。起きてたの」

「垂こそ」

ふふ、とカナエは笑う。

「何となく、夜風に当たりたくてね」

すとん、と私の隣に腰を落とした。

「ね、垂。歌わないの?」

「え?」

「さっき歌ってたでしょ?」

あら、聞こえてたのね。
そんなに大きな声だったつもりはないけど、やっぱり静かな夜にはよく響くみたいね。

「…ね、垂。アサギが恋しい?」

「…っ!」

カナエはやっぱり、と笑った。

「そうね…たまにね、少し思い出すわ。…どうしてそう思ったの?」

「垂の声がね、何となく…そんな感じがしたから」

そう言ったカナエは、なんだかとても淋しそうで。
…だから、

「カナエは…元いた世界に、帰りたいのかしら?」

何となく、そんな気がした。
すると、カナエは小さく苦笑する。

「わかっちゃうかなぁ。帰りたくない…って言ったら、嘘になるかな。でも、このまま垂やみんなといる時間が終わらなければいいって…そう思う自分もいるんだ」

「そう、」

どうしてだろう…少し、落胆している自分がいた。
私は…、

「垂は、アサギに帰りたい?」

「そうね、帰りたくないわけじゃないけど…でも、今私がいるのはカナエの側だもの。今は、ここがいいわ」

それも、紛れも無い私の本心。
それを聞いたカナエはくすりと笑った。

「多分ね、垂。垂の気持ちと一緒だよ」

…そうかもしれない。
結局は、そういうものなのかもしれないと思ったら、少し、気持ちが楽になった。


「ら、らら…」


もやもやしていた理由。
エンジュで全てを知ったら、カナエが消えてしまうような気がしていた。
でも、今は少なくともここにいる。
なら、今を大切に過ごそう。

歌声はさっきよりも明るい。
いつの間にか、胸のわだかまりは晴れていた。


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