Epilogue


「カナエはん。そこの簪の箱、取ってくれはります?」

「あ、はーい」

あれから数週間が経過した。
私は、表向きは舞妓さんの見習いという形で歌舞練場に居候させてもらい、タマオさんたちやマツバさんの手伝いをしている。

「サツキさん、これでいいですか?」

「ああ、そうそう。おおきに」

私から簪を受け取ったサツキさんは、さっと髪を結い上げる。

「今日はどないしはりますのん?」

サツキさんの言葉に窓の外を見れば、いい天気。
そうだなぁ……、

「ええ天気やし、表でも行ってきたらどないです?今日はもう中のことはええですさかい」

扉の方から聞こえてきたのは、コウメさんの声。

「そうですね……じゃあ、そうさせてもらいます」

コウメさんのお許しも出たことだし、今日はみんなで出掛けてみよう。

裏口から出れば、柔らかい陽射しが降り注いでいる。

「あれ、カナエちゃん。どっか行くの?」

……と、ちょうど買い物から帰って来た翡翠と風音にかちあった。
翡翠や風音、炬はいっとうよく食べるので、炊事場周りの手伝いをしているのだ。
おそらく今彼らが持ってる袋には今晩の食材が入っているのだろう。

「うん、いい天気だしね……あれ、炬は?」

「炬なら炊事場だわよ。出掛けにお皿1枚割っちゃったから、片付けしてるのよさ。炬いたら角の八百屋でサービスしてもらえたのにねぇ」

炬はどうやら八百屋を始めとするおじさんたちと仲良くなったらしい。
おじさんたちも、炬との値切りの掛け合いを楽しんでたりするらしいのだ。

「じゃあ、そろそろ片付けも終わるだろうし、炬呼んできて門で待ってて?」

「りょーかい」

翡翠たちと別れると、私は次の場所に足を向ける。
多分、あの子たちはあそこに居るはず。

べ、べべん。
三味線の音の音に乗せて歌声がが聞こえる方へ足を向けると、探し人はそこにいた。

「なぎはん、もうちょっとそこは間をもたせて。垂はん、今のとこもういっぺん」

「はい」

やってるやってる。
なぎと垂は、それぞれ歌と踊りの稽古をつけてもらっている。
なぎは舞踊を、垂は三味線や琴などの和楽器と唄を。

そんな彼女達の様子を覗いていると、三味線を構え直した垂と目が合った。

「あら、カナエ」

「カナエはん、来てはりましたのん」

垂の声に、なぎとサクラさんもこちらを向いた。
私は軽く会釈をして、歌舞練場に入る。

「今から出掛けようかなって思ったんだけど……もうちょっとかかりそうかな?」

サクラさんは2人を交互に見て、言った。

「ちょうどキリもええことですし、今日はここまでにしましょ。行ってきはったらええよ」

すると、サクラさんの言葉になぎと垂は顔を輝かせる。

「ありがとうございます」

「じゃあ、カナエちゃん。着替えたらすぐに行くわ」

「うん、みんな門で待ってるよ」

じゃあまた後で、と私は先に歌舞練場を出た。
あとは……、


しん……、と静寂が包むそこに、彼はいた。
歌舞練場の裏門から程近い、鈴音の小道。
一年中、秋の様相を見せるそこは、どうやら彼のお気に入りらしい。

私がここに来るのがまるで予定調和のことのように、私が小道に繋がる扉を開けると同時に振り向いた。

「カナエ、」

「やっぱりここにいたんだ」

「うん。ここは、すごく落ち着くから」

そう言うと蒼衣は、顔を綻ばせる。

「今からちょっと出掛けようと思うんだけどさ。蒼衣も来る?」

「行き先は?」

行き先はもう決まっている。
蒼衣もそれをわかった上で聞いているのだ。

「もちろん、あそこだよ」

そっか、と頷いた蒼衣の手をとり、私たちはみんなが待つ歌舞練場の正門へ向かった。
もうみんな揃っている。

「遅いで、自分ら」

「ごめん、炬にみんな。じゃあ、行こっか」

「今日はどこ行くの?」

翡翠たちには今日の行き先は告げていない。
私は笑ってこう答えた。


「お父さんたちのところだよ」


みんなをボールに戻して、風音の背中に乗せてもらうと、ふわりと宙に浮く感覚。
お父さんとお母さんが住む庵を目指して、飛び立った。

みんながいて、お父さんやお母さんがいるこの世界。
私は、この世界で生きていく――!


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