3 「……ぎ、なぎってば」 は、と風音ちゃんの声で我に返る。 「え、あ…ごめんね、ぼーっとしてて。どうしたの、風音ちゃん」 風音ちゃんはため息ひとつついて、私の手にみかんをひとつ握らせる。 「どうしたもこうしたもないわよぅ。珍しいじゃない、アンタがみかん落ちても気付かないなんて」 「あ…うん、」 目の前を、小さな女の子が走り抜けていく。 私を最初に捕まえた女の子はもう顔も覚えてないけれど、あんな感じの茶色い髪だった気がする。 ――はじめまして、よろしくね! 名前を知る間もなく別れたあの子は、そう言って私を抱きしめた。 これから私は、この小さな足と共に歩いてゆく…そう小さな腕の中で目を閉じた、次の瞬間。 ――いたいっ! 私は地面に投げ出された。 何が起こったのか、よく…わからなかった。 彼女は怯えた目で私を見つめる。 ――おかあさん、このこいたいよ!いたいこは、いらないよ! 待って。 ちがうの。 ――あらそう?じゃあさようならしましょうね。 待って…待って! 私の声は、届かない。 ――ばいばい、メリープ。 そして、彼女は…、 「ちょ…!なぎってば!どうしたのよぅ、ほんとに」 「どうって…、」 「何もないとは言わせないわよぅ。ほら、涙拭いて」 風音ちゃんの言葉に、私は初めて自分が涙を流していたことに気付く。 促されるまま、私たちは公園のベンチに腰掛ける。 「……で、どうしたって?」 ぷし、とジュースの蓋を開けながら風音ちゃん。 私は手の平で缶を転がしながら、口を開く。 「昔のことをね、思い出してたの」 「昔?」 「うん、カナエちゃんたちと出会う、少し前のこと」 ぽつりぽつりと、私はさっきのことを話し出す。 風音ちゃんは時々「ふぅん」と相槌をうちながら耳を傾けてくれる。 「…つまりさ、その子に似てたから感傷的になったってコト?」 「うん…変よね、もう顔も覚えてないのによ」 うーん、と風音ちゃんはベンチの背にもたれ掛かる。 ギ、と軋んだ音がした。 「アタシにはよくわかんないけどさぁ。いいんじゃない、別に」 「ありがとう、風音ちゃん。…でもね、あの子にはひとつだけ、感謝してるの」 「どうして?」 だってね、 「捨てられてなかったらカナエちゃんにも会えなかったし、こうやって風音ちゃんとお話することもできなかったじゃない」 すると風音ちゃんはぱちぱちと瞬きをして空を仰ぐ。 「それもそうだわねぇ」 見上げた空には、雲がゆっくりと流れていた。 |