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「……ぎ、なぎってば」

は、と風音ちゃんの声で我に返る。

「え、あ…ごめんね、ぼーっとしてて。どうしたの、風音ちゃん」

風音ちゃんはため息ひとつついて、私の手にみかんをひとつ握らせる。

「どうしたもこうしたもないわよぅ。珍しいじゃない、アンタがみかん落ちても気付かないなんて」

「あ…うん、」

目の前を、小さな女の子が走り抜けていく。
私を最初に捕まえた女の子はもう顔も覚えてないけれど、あんな感じの茶色い髪だった気がする。



――はじめまして、よろしくね!

名前を知る間もなく別れたあの子は、そう言って私を抱きしめた。

これから私は、この小さな足と共に歩いてゆく…そう小さな腕の中で目を閉じた、次の瞬間。

――いたいっ!

私は地面に投げ出された。
何が起こったのか、よく…わからなかった。
彼女は怯えた目で私を見つめる。

――おかあさん、このこいたいよ!いたいこは、いらないよ!

待って。
ちがうの。

――あらそう?じゃあさようならしましょうね。

待って…待って!
私の声は、届かない。

――ばいばい、メリープ。

そして、彼女は…、



「ちょ…!なぎってば!どうしたのよぅ、ほんとに」

「どうって…、」

「何もないとは言わせないわよぅ。ほら、涙拭いて」

風音ちゃんの言葉に、私は初めて自分が涙を流していたことに気付く。
促されるまま、私たちは公園のベンチに腰掛ける。


「……で、どうしたって?」

ぷし、とジュースの蓋を開けながら風音ちゃん。
私は手の平で缶を転がしながら、口を開く。

「昔のことをね、思い出してたの」

「昔?」

「うん、カナエちゃんたちと出会う、少し前のこと」

ぽつりぽつりと、私はさっきのことを話し出す。
風音ちゃんは時々「ふぅん」と相槌をうちながら耳を傾けてくれる。

「…つまりさ、その子に似てたから感傷的になったってコト?」

「うん…変よね、もう顔も覚えてないのによ」

うーん、と風音ちゃんはベンチの背にもたれ掛かる。
ギ、と軋んだ音がした。

「アタシにはよくわかんないけどさぁ。いいんじゃない、別に」

「ありがとう、風音ちゃん。…でもね、あの子にはひとつだけ、感謝してるの」

「どうして?」

だってね、

「捨てられてなかったらカナエちゃんにも会えなかったし、こうやって風音ちゃんとお話することもできなかったじゃない」

すると風音ちゃんはぱちぱちと瞬きをして空を仰ぐ。

「それもそうだわねぇ」

見上げた空には、雲がゆっくりと流れていた。


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