ボスキにガチ恋してる主が誕生日に告白カマす話



 

 あれから。
 アモンに貰った花束は、担当執事兼インテリア担当のボスキの手でベッドサイドに飾られた。もうじき告白予定の相手に、告白を決めるきっかけになった花束を活けられるのはかなり複雑だった。
 だが、そのお陰で薔薇は今も瑞々しいままだ。それがちょっと心強かった。

 せっかく気持ちを伝えるならロマンチックな方がいい。
 場所と時間を選べたら良かったんだけどそれは諦めた。屋敷にはいたるところに執事たちが居るし、いつ天使の襲撃があって告白どころじゃなくなるか分からないから、やっぱりわたしの部屋でふたりきりの時に言うのが一番良いだろう。

 その分、告白の言葉にはこだわりたかった。
 この間みたいに好きをほのめかして反応を窺うようなことはしない。けど、ただ好きって言うだけじゃ足りない。ありふれた言葉じゃなくて、ちょっとでもボスキにわたしの気持ちが伝わる言葉を選びたかった。
 考えて考えて考え抜いて、あんなところも好き、こんなところも好き、と恋慕が募って気持ちばかりが逸った。
 あんまりにも考えすぎて眠れなくなってしまって、とうとう隈ができた。フルーレが「しっかり寝てくださいね!」なんてぷんぷんしながら隠してくれている。一世一代の告白を控えた身だし、多少は大目に見てほしいと思った。言わなかったけど。

 そうして1日、2日と指折り数えてたらあっという間にボスキの誕生日を迎えた。
 プレゼントは用意した。昨日ハウレスにお金を握らせて、行きつけのお菓子屋さんで焼き菓子をたっぷり買ってきてもらったのだ。これをあげればボスキは喜ぶし、ハウレスのおやつがパクられる事もしばらく防げる。一石二鳥だ。

 わたしはドギマギしながらフルーレに身支度をしてもらって、いつも通りちょっとだけ遅く部屋を訪ねてくるボスキを待った。
 そう、いつも通り。なのに、わたしの気持ちは全然いつも通りじゃなかった。近づく足音にびくついて、ノックの音に息を呑み、開く扉に生唾を飲む。すっかりビビりである。

 ベッドサイドでは10本の薔薇が朝日を浴びて、わたしの決意を見守るように咲き誇っている。
 わたしは完璧。高鳴る胸に言い聞かせるように、アモンがくれた言葉を何度も反芻しながらボスキを出迎えた。

「おはよう、主様」
「おはよ、ボスキ。誕生日おめでとー」
「ああ、そういやそうか。ありがとな」

 良かった。なんでもない会話は出来た。予想より滑らかな舌に安堵する。
 告白の流れも散々イメトレした。あとは、わたしが勇気を振り絞るだけだ。

 そうして拳を握ったところまでは、良かった。

 ところで、ボスキは結構面倒見がいい。粗雑に見えて相手のことをしっかり考えて、そうと悟られないようにフォローをすることに長けてる。それはわたしの好きな一面でもあるけど、彼の長所は今日に限って嫌な方向に作用してしまった。

 なんせ、わたしが話を切り出そうとする度に、誰かがボスキにプレゼントを持ってくるのだ。
 まずはフルーレと、きょとんとした顔で彼に連れられたラトが来た。次は競うようにロノとバスティンが部屋に飛び込んできた。ていうか競ってた。最後は満面の笑みのラムリと、彼に腕を掴まれて申し訳無さそうな顔をするアモンが扉をくぐった。
 まあ、いいよ、アモンは。ラムリがニッコニコでカエルを差し出した時にすぐ捕まえてくれたし、その流れでわたしも焼菓子をボスキに渡すことが出来た。審議、うん、無罪。

 若い執事たちがひっきりなしに訪ねてくるところに、ボスキの人徳が垣間見えた。
 ただ、わざわざわたしの部屋を訪ねてくる辺り、ボスキはいつも上手に隠れながらサボってるんだろうなあという部分も察した。わたしは勘のいい女なのだ。

「わりぃな。落ち着かないだろ」

 どんどん増えていくプレゼントを自室に置いて戻ってきたボスキは、ちょっと眉を垂らしながら言った。わたしは「ううん、そんなことないよ」と首を横に振って、理解ある女ヅラを取り繕った。

「ボスキってさー、結構いい先輩してるよね」
「だろ。惚れ直したか?」
「え」
「冗談だ、主様」

 あるじさま。
 あの日、彼の声に名前を呼ばれた後だと、妙に他人行儀な響きに聞こえた。まるでこれ以上踏み込むなと言われているようにも思えて、胸がチリチリする。
 深呼吸。そして、アモンが言ってた勇気の出し所って、ここなんじゃないかと思う。あの日わたしの気持ちを隠した『冗談』という言葉。わたしの気持ちを晒すのに、今以上のタイミングがあるだろうか。

 わたしは執事らしからぬ態度でソファに腰掛けて盛大に欠伸をするボスキを見据えて、それからすくと立ち上がった。体中の血液が熱くて、自分の心臓が耳元で脈打ってるみたいに鼓動がうるさい。寝ずに考えた告白の言葉がぶっ飛んで、頭が真っ白になった。イメトレの成果はなかった。

 そして自覚する。惚れ直せる余地なんてもうないくらい、わたしはボスキに惚れ抜いてるんだ。

「ボスキ」

 名前を呼ぶと長い睫毛が瞼に持ち上げられて、わたしの大好きな翡翠が覗く。目は逸らさない。こんなにじっと直視できるのはもう今日が最後かもしれないから、その煌めきをしっかり目に焼き付けておきたかった。
 だって玉砕した後もボスキに担当を任せるのはさすがに気まずい。わたしにだって一応恥という概念はあるから、しばらくはボスキと顔を合わせられなくなるだろう。それでもわたしの気持ちを伝えたいと思ったから、ぎゅっと拳を握りこんで震えを押さえつけた。

「聞いて欲しいことがあるの」
「ちょっと待て」
「えっ」

 わたしはかつてないほど大真面目な顔で切り出した、はずだ。
 しかし、ボスキもかつてないほど大真面目な顔でそれを拒絶するように掌を向けてきたから、呆気に取られて言葉を失ってしまった。前々から枠に大人しく収まるたまじゃないと思ってたけど、行動が予想外過ぎる。

「え、あの、今わたし、大事な話しようとしてたんだけど」
「だろうな」
「えっ、分かってて止めたの!? それはダメじゃない!?」

 思わず眼前に差し出されたままのボスキの義手に縋りついて、あまりの無情振りに抗議した。いっそ地団駄を踏みたい気分だった。
 ボスキは憤慨するわたしを前にしても動じない。それどころか重々しい溜め息まで吐いて、「落ち着けよ」なんてわたしを宥めすかす始末だった。

「さすがにここで女から言わせるのは格好が付かないだろ」
「なにが!?」
「告白」

 わたしはぴたりと静止して、ボスキは喉の奥から押し出すようにククッと笑った。

「もしかして隠してるつもりだったのか?」
「な、なんのはなし?」

 状況が呑み込めなかった。
 怖気づいて半歩下がったら、手に取ったままだった義手が急にわたしの手を掴み返してきて、強く引かれた。ふらつく。目をきつく瞑って、次に目を開けた時、視界には藍色がいっぱいに広がっていた。強く香ってわたしの脳を侵すのは、多分いつもボスキが使ってるヘアオイルの匂いだ。
 背中に義手が回されて、何秒、何分、そんな時間の単位が分からなくなった頃に、やっとわたしは自分が抱きしめられてることに気がついた。

「好きだ」

 切なさを孕んだ甘い声がわたしの鼓膜を撫で付けた途端、庭でトレーニングに励むハウレス達の声も、風鳴りの音も、ぱったり聞こえなくなった。まるで世界から切り取られたみたいだと思った。
 どれだけ呼吸を落ち着けても混乱は収まらなくて、意識しないままに「どうして」と疑問が溢れた。

「理由がないと不安か?」
「そりゃ、そうでしょ……」
「なら、今日はメシをここに運ばせるか」
「……え、もうごはん食べんの? お腹空いた?」

 何を言われたのか理解できないままのわたしを落ち着けるように、ボスキの指先がそっと髪を掬う。
 その動きに気を取られていたら背中にぐっと力が込められた。その分だけ近づいて、はっとする。美しすぎる造形の顔面は距離を誤れば暴力的だと知った。

「俺にあんたを好きになった理由を語らせるんだ。数時間じゃ足りねぇよ」

 熱の籠もった声で吐息混じりに囁かれて、情緒を不健全に落とし込まれそうだった。反射的に身体を離そうとしたけれど、背中の硬い感触がそれを許してくれない。

「逃げんな」

 もしかしてわたし、今都合のいい夢とか見てるんじゃないだろうか。

 覚束ない心地のまま、ボスキの存在を確かめるみたいに濃紺のベストとロイヤルブルーのシャツに触れた。自分とは異なる脈動と体温は、しつこいくらいに今が現実なのだと知らしめてくる。
 本物だって知覚して、それからわたしも背中に手を回した。思いの外がっしりしている。ボスキがこれまでに重ねた努力が、彼の身体を通して指先に伝わってくるみたいだった。
 同時に不安も募った。これまでのうのうと生きてきて、こんな世界に来ても依然甘えたなわたしが、本当に隣に居てもいいのか。

 ちょっと考えて、身動ぎする。隣に居ちゃダメだったとして、この体温を誰かに明け渡すなんて有り得ない。
 この人はわたしが見ていた世界のあり方を変えた人。変わりたいと思わせてくれた人。わたしの、生きるよすがだ。
 この気持ちが冗談だなんて、もう嘘でも言える気がしなかった。

 さっき、最後かもしれないと見据えた翡翠を改めて見上げる。この煌めきがわたしを映している奇跡が何よりも尊く思えた。

「ボスキ、わたしもちゃんと言うからちょっと待ってて」

 今度は制されることなく、すんなりと身体を離せた。
 そして、寝ずに考えた言葉を反芻しながら足早にベッドサイドに活けられた薔薇を目的の数だけ手に取る。茎から滴る水は――ああ、どうしよう、ハンカチないや。しょうがないから乱暴にスカートで拭って、ボスキの眼前にまず1本差し出した。

「一目惚れでした。こんなに好きになったの初めてで、あの、多分わたし相当挙動不審だったと思うんだけど、でも、すごく好きで、ホント、その、いつもボスキだけ見てました」

 ああ、せっかく整理したのに、上手に言えなかった。でも、勝ち確の告白で逃げ出すなんて女が廃る。ちゃんとやり切りたくて、わたしは顔を真赤にしながらボスキの手を取って薔薇を握らせた。ボスキは「へえ」と感心するみたいに声を上げて、わたしの手の中に残っている3本の薔薇を一瞥する。まるで続きを催促されてるみたいだ。
 もう十分熱い頬が更に熱を持つ。どれだけ胸を押さえても心臓が跳ね回るから、こいつはもう放っておくことにした。勝手にしろ。

 深く息を吸って、二酸化炭素や窒素と一緒にわたしがずっと抱いてきた想いを吐き出す。

「愛してるよ、ボスキ」

 3本の薔薇を差し出す。ボスキはそれを受け取って、「俺もだ」とこの間みたく柔らかく笑んだ。幸せ過ぎる。情緒バグりそう。もうバグったかも。
 頬をだらしなく緩ませてるわたしを余所に、ボスキは手渡された4本の薔薇をしげしげと眺めた。

「あんたも中々洒落たことするんだな」

 ボスキは本数が持つ意味をちゃんと知っているから、わたしが無い頭をどれだけ捻ったかも理解しているに違いない。わたしはすっかりドヤ顔だった。

「褒めてもいいよ」
「ああ、頑張ったとは思うが……最後が惜しかったな」

 机に薔薇を置いて、ボスキがちょいちょいとわたしを手招いた。
 なにが惜しかったっていうんだ。1本は『一目惚れ』。3本は『愛してる』。4本は『死ぬまで気持ちは変わらない』。オシャンでロマンある足し算が成立してるじゃないか。
 眉間に皺を寄せながら近づいたらまた腕を引かれて抱き締められる。「なに」とボスキを見上げると、彼は双眸を眇めながら言った。

「死んだくらいで俺の気持ちが変わるかよ。『死んでも気持ちは変わらない』なら正解だったな」

 わたしはボスキがこんな甘いこと言うなんて解釈違いだとか、でも幸せで頬がにやけるとか、いろんな感情が綯い交ぜになってどんな顔をしたら良いか分からなかった。ただ口をぱくぱくさせることしかできず、相当な間抜け面を晒していることだけを理解していた。
 そんな様子を見下ろしながら、ボスキの口角がニィと持ち上がった。
 次いで、わたしの前髪がそっと払われて、そこに優しく唇が落とされた。

「なまえ、愛してる」

 ああ、もう、もうっ。
 そういうとこ、ホント火力高くて大好きだよ。





2023/10/20(Fri)










下記はこの話を書く前に書いていた設定です。


▼主

恋愛脳のアホ。
「主様アホだからしっかりしなきゃ……」とほとんどの執事に思われている。
本人は「この世界やばい……イケメンがやたら構ってくれる……まあわたし化粧したら可愛い方だしな……」と思っている。
自己肯定感は高いがボスキの前だと低くなる。
ボスキと両片想いであることには全く気づいていない。
長いこと叶う見込みがない恋をしていると思いこんでいる。


▼ボスキ・アリーナス

全部知ってる。
自分が一目惚れされたことも、主がちょいちょいアモンに相談してるのも、まるっとお見通し。
その上で主のことは恋愛脳のアホだと思ってた。
ある日主がフェネスに工学系の本を借りて義手の扱いについて勉強してたことを知って「こいつ俺のこと好きすぎるんじゃねぇか?」と気づいてからは急激に意識するようになった。
両片想いの時期もしっかり楽しんでおり、いずれは付き合う気満々で後方彼氏面している。
ベリアンから「ボスキくん、あんまり主様をいじめたらだめですよ」と言われている。
主が自分のこと大好きなのはパレス全体の知る所で、横取りされる気配もないのでいつも余裕である。


▼アモン・リード

将を射んと欲すればまず馬を射よ、ということで相当早い段階から主に「わたしボスキ好きなんだけど協力してくんない!?」と打ち明けられている。
そういう流れもあったし、当初は主に対するボスキの評価も低かったので、「今回の主様やべーっすね……」とげんなりして適当に話を聞いていた。
でも年の近い(???)女友達みたいな感覚で接してたら普通に楽しかったので今は「主様は恋愛脳のアホなんでオレがしっかりサポートしてあげるっす!」という気持ちで仕えている。
ボスキが主のことを好きだと気づいてからは早くくっついてほしくてウズウズしている。
主とたくさん話す内に口調が移ってたりしてたら可愛い。





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