そのふわふわした存在も頭の中も言動もこの太い腕で抱き締めてしまえば、全て崩れてしまいそうだった。俺の体、顔、傷だらけで怖いだろうに天性の天然と言うべきか、無意識に擦り寄ってくる姿はこっちを罪悪感に蝕ませて犯罪者のような気分にさせた。触れることが恐ろしかった。しかしその無力で小さな存在に俺は、自分からでなくとも触れていたかったのだ。矛盾する気持ちはいつも頭の中をぐるぐる回る。
そうした関係が一年ほど続いたある日、雷門とホーリーロード準決勝で対決することになった。「勝て」とのフィフスセクターの命令だ。逆らえなどしないし、逆らおうなど思いもしない。点数管理もフィフスセクターもシードも知らないなまえは無邪気に「たのしみだね」と言うばかりだ。フィフスセクター以外にも、勝利を望んでいる人がいる。柄にもなく勝ちたいと思った。
だからなのか躍起になった。負けたくない一心で本気でゴールを目指した。だが、負けた。その後総帥にはシードだと見抜かれてしまい追放宣告を受け、フィフスセクターには叱られ、踏んだり蹴ったりだ。シードとばれて以来、なまえと会話を交わしていない。極秘にしていたことを全て知られてしまったのだ。しかもその秘密は嫌われる要素しかないことばかり。間違いなく嫌われたのだと、そう思うしかなかった。

寮の部屋で最低限の荷物をまとめていると、相変わらずいきなりなまえが訪れてきた。以前着替え中に訪れ、悲鳴も上げず一切表情を変えなかったことを思い出した。こっちが慌てていたのが馬鹿みたいだったな。
彼女は眉をハの字のようにして困ったような悲しそうな顔で佇んでいた。ああ、またそうして俺を罪悪感に蝕むんだ。乱暴に荷物を持ち、部屋のドアノブに手を掛けた。

「行っちゃうの?」
「……」
「待って」
「触るな!」

嫌っているなら構わないで欲しい。伸ばされた手のひらをありったけの力で弾いた。ふらりと体が一歩分揺らめく。弾いたそれがゆっくり体の横に戻されたのを見て、やっととんでもないことをやってしまったと気付いた。じわりじわりと潤んで行くなまえの瞳。赤くなる目尻。今にも涙があふれてしまいそうだ。

「わ、悪い。痛かったな」

初めて見る表情に動揺したからなのか、自分から触れないようにしていたなまえに恐る恐る手を伸ばしていた。子供をあやすようにそっと頭を撫でた。それからなまえの頬に伝い始めた涙を手のひらで拭う。こうやって触ればいいのだと、やっと気付いた。

「いたくない」
「痛くないって、泣いてるじゃないか」
「かなしい」
「…俺を憎んだり、恨んだり、嫌ったりしてないのか?」

視線は斜め下のままふるふると弱々しく、だが確かに首を横に振った。なまえは部活を崩壊させたシードを嫌ってはいなかった。ただどうしようもなく悲しかったのだ。拭いきれない涙がぽたぽたと床に落ちた。

「みかどくんが普通の部員でもキャプテンでも、シードでもいい。みかどくんが今ライオンになっても、ペンギンになっても、わたしは…」
「はは、なんだそりゃ」

ぐりぐりと頭をなで回すとくすぐったそうに首をすくめた。笑った顔が見られた。その次の言葉を聞きたくなかったから、そうしてつい遮ってしまったのかもしれない。しばらくじゃれあいが続くと、急に別れを思い出したように笑い声がだんだん収まって行く。何かを求めるような視線がなまえから送られた。こんなときどうすればいいのか、色恋に疎い俺には分からなかった。

「ごめんな、今は行かなきゃいけないんだ」
「…待ってるから。みんなも総帥も待ってる。いってらっしゃい」

彼らはそうは言わなかったが、なまえはみんなの気持ちを汲み取って言ってくれたようだ。もしくはそうであって欲しいとなまえも俺も願っているのだ。戻ってこれる保証はどこにもなかった。なのに約束をせずにはいられない。
あれほど恐れていたこと、なまえの体を抱き締めるまで、さほど時間はかからなかった。

「ありがとう、いってきます」


111110





いやぁ御門くん難しいですね…!四谷さんリクエストありがとうございました!






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