練習が始まるとなまえは姿を消した。かと思えばドリンクを持って現れたり、飛んでいってしまったボールを拾ってひょっこり戻ってきたり、現れたり消えたり、あっちこっちと忙しい。暫くするとやることがなくなったのかベンチに腰を降ろした。なまえが木野から聞いたマネージャーの仕事内容はタオルの洗濯や部室掃除、ドリンク作りなどなど。その他は変更部分もあるだろうから久遠監督にちゃんと聞いてねと指南を受けた。その最後に「車田くんばっかり見てないで他の人も大きな声で応援してね!」やってしまいそうなことの核心を突かれた。恥ずかし過ぎてドアにぶつかりそうになったのを木野は非常に心配した。今日の朝の出来事である。


(車田くんはファーストなんだ…)

なまえが久遠監督から聞いた話、黄色いユニフォームは一軍のファーストチーム、白いユニフォームは二軍のセカンドチームだそうだ。通常なら最近まで小学生だった一年生と二、三年生の実力の差は歴然としているが、既に車田や三国、天城、南沢は一軍に入っている。つまり彼らは相当な実力を持ち合わせているらしい。そんなすごい人達が身近にいたことになまえは感動した。学年は関係なくどうしたら今の部員で一番強い最良のチームが作れるのか、考えるのだと久遠監督は語ってくれた。なまえは全体を見渡したが、素人には誰がどのように上手いのかはあまり分からなかった。

「なまえ、だっけか」
「あ、はい。南沢くんどうかしました?」

フィールドから抜けてきたのは南沢だった。眉をひそめたむすっとした表情でなまえに話し掛ける。今日が初日のマネージャーに対する態度ではない。

「肘擦りむいた」

南沢の肘は皮が剥けて血が滲んでいた。見ていない間に転んでいたようで、どうやら機嫌が悪いのはそのせいらしい。水道水で洗ってきて下さいと南沢に伝えるとなまえは救急箱にすっ飛んだ。やって来た怪我人がサッカー部員でなくとも、彼女は同じ反応をしたであろう。大袈裟なぐらい慌てていたなまえに南沢は驚いていた。こんなに心配されるのはいつぶりだろうか。

「痛いですか?」
「このくらいの怪我で痛いことないだろ」

南沢の反論を無視して準備してあったワセリンを塗った大きめの絆創膏を肘に張り付けた。消毒もなにもなかったスピーディーな治療に南沢はまた驚いた。

「はい終わりです。本当はラップがあればよかったんですけど」
「ラップ?」
「湿潤療法の話をすると長くなりますよ」
「いいわ、練習戻る。…ありがとうな」

南沢は顔を合わせずにお礼言った。なまえの位置からは赤くなった表情が窺えない。本当は素直ないいやつだが今一表に出ないので誤解を受けやすかった。なまえは走り出した後ろ姿を微笑みながら送り、救急箱の中身をしまい始めた。パチンと蓋を閉めると、暫くの間相棒になりそうな救急箱の頭を撫でた。





素人にしてはなかなか手際の良かったマネージャー初日が終わろうとしている。母親から散々しごかれた洗濯や掃除のし方も役に立ったので、あんな親でも一応感謝しなければなぁとなまえは思っていた。サッカーボールをせっせと磨くなまえを久遠監督の話を聞きながら車田はじっと見ていた。それと、先ほどの南沢の怪我の手当ても。どれもこれも、なまえの綺麗な白い手が汚れてしまいそうで怖かった。これは車田の個人的なものだ。手フェチと言うわけでもないが彼女の手が好きだった。初めて触れたのが手だったからかも知れない。

「なまえ、今日俺が送って行ってやるよ」

解散すると、南沢はボールの入ったカゴを片付けようとしていたなまえに真っ先に怪しい微笑みで話し掛けた。怪我をしてやって来た時とは全く違う態度だ。なまえはぱちくりまばたきをし、車田の方をちらりと見た。どうすればいいのでしょうと言いたげな顔だった。もしかして今日も、車田が一緒に帰ってくれるのではないかと期待していたからだ。

「南沢、お前電車だろ?」
「さっさと着替えるド」

べちんと三国が南沢の頭を叩いて、連携するように天城がずるずると南沢を引きずって行った。それなりに抵抗はしていたが一年生にしては身長が高く、体格もいい二人に囲まれては南沢は文字通り手も足も出ない。まるで親に囲まれた駄々っ子のようだと思わず苦笑いをした。隣で動向を見ていた車田も苦笑いをしている。なまえと車田は自然と二人で部室へ歩き出した。

「大変だけどここの部活楽しくて、やりがいもあって好きです。みなさんとも少し仲良くなれました」
「はは、そりゃ良かったな」

忙しそうに動き回っていたなまえは車田が今までみた表情の中で一番輝いていた。木野が見たなまえが車田のことを話す時とは違う、いい表情だった。部員と親しくなって良かったことは良かったのだが、それにしてもさっきの南沢の言動はなんだったんだと車田は疑問に感じていた。あれはちょっかいではなく、本気で言っているように見えた。しかも馴れ馴れしく呼び捨てだった。何か引っ掛かるが、車田はどうせ杞憂だと心の中で頭を振った。

「今日は寄り道でもしてみるか?」
「えっ、その、それは…」
「あー…いいから早く着替えようぜ」
「はい」

遠回しだったが今日も一緒に帰ってくれるということだ。期待が現実になり、なまえは機嫌良さそうに笑った。

もうすぐホーリーロード地区予選が始まる。管理されたサッカーを一年生はまだ知るよしもなかった。

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Began from the injury.




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