「今日はここまで。気を付けて帰るように」

久遠監督の呼び掛けに大きな返事がフィールドに響いた。今日の練習は終了。部員たちは見学に来ていたなまえに練習中から興味津々だったらしく、終了と同時に多数がどっとベンチの周りに集まった。
何年生?名前は?などなど、集まった部員全員がサッカー棟に戻るまで、全ての質問に丁寧に答えたなまえは疲れきってぐったりしていた。そっと側で見守っていた車田は些か心配になり少し離れた位置に腰を下ろした。

「名字、大丈夫か」
「…大丈夫です。ちょっと緊張しちゃいました」
「見てりゃわかる」
「はは…」

苦笑い。お恥ずかしいと言いたげにさらに小さく縮こまってしまった。ぎゅっと握った日焼けを知らない小さな白い手。車田は不謹慎だが可愛いと思ってしまった。何だか頭を撫でたくなる衝動をぐっと堪える。

「すぐ着替えてくるから待っててくれないか?遅くなっちまったから、家まで送るぞ」
「え、う…」
「いや!迷惑ならいいんだ」
「そ!そんなことないです」

なまえはぶんぶんと手を大袈裟なぐらい振り、そうではないことを必死に表現する。こんなに嬉しいことを断れるはずがなかった。しかし感情は照れが優先されるため、口ごもってしまう。良心から言った車田だったが、よく考えると二人きりで帰るということになる。今更だが何も考えずに軽々しく言った自分にぶわっと顔が熱くなった。

「そうか…じゃあ着替えてくるから校門で待っててくれ」

了承を得た車田は赤い顔を隠し、半ば逃げ出すような勢いでサッカー棟まで戻った。お陰で隠れてこっそり盗み聞きしていた三人にも気付かない。自分の後に戻ってきた三人を見てやっとその事実に気付くのだった。羞恥と怒りが入り交じり乱暴にガゴンとロッカーを閉める車田。なんとか落ち着かせようとしている天城と三国とは対称的に、南沢はにやついたまま煽るようなことしか言わない。

「お、俺と天城は止めとこうって言ったんだが南沢が」
「………」

なるべく穏便に収めようとしている三国の中一ながらの大人らしさが窺える。ただ人のせいにしようとするところだけはまだまだ子供であった。

「なかなか積極的だったな」
「なっ…」

煽る南沢の一言に車田の顔はトマトのようになったままいつまで経っても収まらない。「童貞野郎!」と南沢は大爆笑したい気持ちをぎりぎり口の中だけに押さえ付けていた。車田を童貞と言えるぐらいなら南沢はどうなんだと言い返したいところだが、つい最近まで小学生だったにも関わらず色気ムンムンの彼は怪しかった。

「お前ら覚えてろよ…!」

どこぞの悪役が言うような捨て台詞を吐き、三人に怒る暇もなく車田は校門を目指して出ていった。青ざめる二人と、やはり南沢は楽しそうなのであった。





「学校から家まで近いのか?」
「えっと、家ではなくて今は一人でアパートを借りているんです。あと十分もしない内に着きますよ」
「ふーん…。一人ですごいな」

お嬢様が何故アパートで一人暮らしをしているのか車田は疑問に思ったが、根掘り葉掘り聞くのはやめた。きっと何かしら事情があるのだろうがそこまで野暮ではない。
然り気無く車道側を歩く車田はなまえののんびりした歩みに合わせていた。こんなにゆっくりで本当に十分以内にアパートに着くのか先行きが不安だった。しかし車田は話す時間が確保できるとひっそり喜んでいた。ただ、話題は普段友達とするようなものに傾いていたが彼等にはまだそれで十分だった。

「そうだ、みなさんかっこよかったです。すごく」
「ん、あ、ありがとう」

外の世界を見せるのが優先だった車田にとって褒められることは最上級のおまけだった。照れくさそうに頬を掻いた。みなさんの部分を分かっていて嬉しがっているのかどうなのかは問題だが。

「…車田くんは、マネージャー欲しいですか?」

なまえは聞こう聞こうと思っていたことをサッカー部の話の流れで言えたことに安堵していた。今聞けなかったらいつ聞けたのか、考えただけでも気が遠くなる。

「それ以前に人数多くて忙しいからやりたがるやついないだろ。俺はマネージャーが居なくて不便だと思ってないが、先輩はどうなんだろうな」

ここでなまえはやっと自分と友人の勘違いに気付いたのだった。車田はマネージャーに誘うために自分を呼んだのではなかった。それにしても忙しいという話は本当だったようだ。ぼやんと友人の話を思い出す。イナズマジャパン優勝以来、サッカー部員も増えマネージャー希望者も増えたらしいが、辞める人がたくさんいるほど忙しい。その話は着実に後輩に受け継がれ、マネージャーになりたがる人が必然的に減ったと言う訳だ。

「わ、私がやるって言ったらどうしますか?」
「名字が?」
「はい…」
「…よく考えてからにしろよ」

やめておけとは言わなかったが車田の賛成的ではない意見になまえは改めて考え直した。よくよく考えるとあの部員数に対してマネージャー一人では役に立つどころか、ただの足手まといになってしまうだろう。せめて人数がいればなぁ、と考えてもみたようだが誘うにしてもやりたがる人の心当たりがない。彼女は内心がっくり項垂れているに違いなかった。
そのまま交わす会話もなく、気まずそうに暫く無言で歩いているとなまえは「ここです」と言って足を止めた。車田は『木枯らし荘』と書いてある看板を見逃さない。

「その…ありがとうございました。今日は楽しかったです。マネージャーの件は今夜ゆっくり考えます!また明日!」

アパートにたどり着き今まで隠していた照れが限界を越えたらしく、最後は言い逃げのように姿を消してしまった。マネージャーうんぬんはともかく、一人取り残された車田の頭には「また明日」という言葉が何度も響いていた。

white.4
Let's meet tomorrow again.




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