部活終わりの部室で携帯電話の小さな画面と車田剛一はにらめっこをしていた。ボタンを一押し一押し、ゆっくりゆっくり打つその姿は、持ち始めだとしても最近の中学生にしては滑稽に見えたかもしれない。チームメイトはにやにやしながら遠くから車田を見守っていた。彼はメールを必死に打っているのだ。ただ一文“あす、サッカー部を見に来ませんか”と―。





何故彼がメールを送ろうとしているのか。それは今日の休み時間の話、南沢の一言「あの子のメアド持ってんの?」と、珍しく気のきいた一言からである。入学当初の、廊下で転んで恋心事件、略してロココ事件は目撃者天城によりあっという間にクラスに広まった。恋心が芽生えたのはぼやんとした様子から丸分かりだったのである。同級生は車田のほのぼの恋路を温かく見守ってやろうとしていた。が、廊下ですれ違う度少し会話を交わすだけのなかなか進展しない関係。それに痺れを切らした南沢の「車田あいつのこと好きなんだろ!だったら今の関係を保守しようとするなディフェンダー、攻めろ!攻めて攻めて攻めまくれ!」というまさにフォワードの鑑のような心の声が「あの子のメアド持ってんの?」とんでもなく遠回しに声に出て爆発した。ロココ事件から実に二週間後の話だった。

「めっ、メアド…」

車田は顔を同じく爆発するぐらい真っ赤にして口ごもった。この様子じゃ知らないな、と南沢は聞かずとも理解した。南沢の感性は素晴らしいが、彼でなくても誰でも理解できるであろう。

「それじゃ昼休み聞きに行くぞ、思い立ったが吉日ってやつだ」

いつからの癖だったか濃い紫色の髪を掻き上げ、それから腕を組む。楽しそうににやりとする口元。車田は聞きに行くと一切言っていないが、珍しく積極的な南沢であった。
生徒が待ちに待った昼休み、南沢に文字通り押されて少女のいる教室にやって来た。もう後には引けない。意を決して扉の近くで弁当を広げていた女子生徒に声を掛けた。

「名字いるか?」
「いるいる。呼ぶ?」
「頼む」

女子生徒は箸を起き、立ち上がった。口に含んでいたものを飲み込み、近くに行って声を掛けるのかと思えば、あまりに原始的な伝達方法で「なまえー!だれか呼んでるー!」と叫んだ。お陰でざわついていたクラスがしん、と静まり返る。呼ばれたのは少女、なまえだが車田本人も気恥ずかしくなった。そして視線は窓側にいたなまえに注がれた。女子生徒はこちらの気も知らずいい仕事したわー、と言いたげな顔でまた弁当を食べ始めた。呼び出しを頼む人間を間違った。

「あ、く、車田くん…!ちょっと行ってくるから、みんな食べてて」

ささっと身だしなみを整えてから整えてから、小走りで廊下に出てきた。いつも全員に敬語を使っているのか車田は思っていたが、親しい友達にはお嬢様と言えど敬語ではないらしい。少し羨ましくなった。

「ご用事ですか?」
「あー…その、なんだ…」

後ろから感じる南沢の視線。背中を押してくれているのはありがたかったが、押され過ぎてプレッシャーに変わりつつあった。車田は南沢はいないものだとなんとか思い込み、口を開いた。

「…メアド、教えてくれないか」
「あ、あ、はい!もちろんです!」

なまえはわたわたと制服のポケットからまだ新しい白い携帯電話を取り出した。まだストラップは一つも付いていない。

「赤外線、先に受信します?送信します?」
「赤外線ってどこだ?」
「えーっと、メニューを開いてですね…」

南沢は壁に寄り掛かってしばらく二人のやり取りを見つめていたが、やがて自分の教室に戻って行った。もう大丈夫だろうと判断したらしい。さて、この両思いはどうなるんだろうかと、髪を掻き上げながら考えを巡らすのであった。
そして冒頭に戻る。
“あす、サッカー部を見に来ませんか”
初メールの一文をやっと打ち終わると送信ボタンを壊れるのではないかと感じるぐらいぐっと力強く押した。車田がため息をつくと後ろで見守っていたチームメイトもため息をついた。その次の瞬間、携帯電話がメール受信画面に切り替わった。もちろんメールはなまえから。女子の返信の早さは最新のインターネット回線もびっくりの早さである。車田は慌ててメールを開いた。
“是非見に行きたいです。放課後でよろしいですか?”
OKの返事。何度読み返しても間違いなくOKの返事だ。シュポー!と声を出してその辺を走り回りたくなったのは言うまでもない。

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Do you have her mail address?




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