「すき」のたった2文字をつげたいのだ。しかしこの両片想いの2人は、2秒見つめ合うと顔が真っ赤になり、2分話すだけで心臓が激しく動き2つに割れるようだった。
それでも、勇気を振り絞るのが恋というものだ。いままでだってそうしてきた。

南沢との一件がなくても、いつか伝えよう、伝えなければと思っていた。あの事件は、ある意味トリガーである。トリガーに手を掛けて、そして今引こうとしている。しかし、心の準備なと到底できていない。時間も場所も場合も、何ら問題はない誰もいない帰り道なのだが、緊張がトリガーに掛けた指に制止を掛けている。練習前に車田が言った「言いたいことがあるならはっきり言え」に正直に答えてしまったからには、言わねばならない。約束というものは守るためにある。自分の前方を歩いている車田の後ろ姿を見た。なまえはその後ろ姿に銃口を向ける。もともとがっしりとした体つきだったが、最近また筋肉が付いてきたような気がする。かっこいいなぁ……。いいや、そんなことを考えている場合ではない。ふるふると頭を振って、また銃を構える。

「すいませんいっつもおどおどして、とろくて…」

そこまで言ってない、と振り返って車田は笑った。「歩くの遅くても、俺は気にしないけどな」二、三歩後ろにいたなまえに手を差し伸べた。本当に、車田は優しかった。なまえはためらいなくその手を取った。骨張っていて、体温があたたかくて安心する。心臓はさっきの割れそうなほど動いてはいない。穏やかな鼓動になった。こんなにも車田のことが好きなのに、思いを伝えなくては意味がない。車田の手をしっかり握り直した。そして、弾丸は放たれる。

「…練習前のおはなしなんですけど」
「TPOがなんとかってやつか?」
「それです」
「で?」
「えっと…昔話からはじめると、あの廊下で出会ったとき…車田くんが転んでいた時です。あの頃、わたし車田くんに一目惚れしたんです」

は?!と車田は目を回して立ち止まったが、なまえはうつむき加減で彼の反応が目にもに入もっていない。(車田だけが驚く)カミングアウトから思いの丈の弾丸を、間髪入れずに撃ち続けた。

「マネージャーになったのは、いつも部屋にこもるだけでなにもしない、無知で人見知りでとろい自分を変えたかったからです。もちろんサッカーをしている車田くんが見られる……というのも理由の一つですけれど。私が変わるきっかけを与えてくれたのは、車田くんなんです。車田くんに出会わなければなにも変わらないまま、3年間過ごすことになったと思います。マネージャーになって時間が経つにつれ、この短期間で私の無知な白い世界に色が付いていくんです。もっと、もっと続けたらどんなに世界の色が美しくなるのか、私は知りたくなりました。こんな積極的な私に変われたこと……車田くんには感謝し切れません」

ひと段落ついたところで、そっと顔を上げると車田は空いている片手で顔を覆っていた。耳が真っ赤だ。なまえの真っ赤な恋の言葉の弾丸は車田の心臓をまっすぐに貫いたのだ。それに比べ、とんでもないことを告白した本人は大したことを言ってないようにけろっとしている。

「あ、えっと感謝の気持ちと…大好きだってこと伝わりましたか…?」
「は、あ、え……つ、伝わったよ、ちゃんと」

車田は混乱で倒れそうだった。なにせ告白というものは人生で初めて、しかも好きな子からときたからにはそれはもうパニックになるしかない。自分がこんなにも顔を赤くしているのにも関わらず、相手はにこにこしているのもなにかおかしい気がした。いつも真っ赤になるのは大抵なまえのほうなのだから。
車田が催促したようなものだが、なまえは気持ちをしっかり伝えてくれた。こちらもこの気持ちをどうにかしなければ。フル装填された恋の銃弾を先に撃たれた時点で男として申し訳ないが、伝えないのはもっと情けない人間になってしまう。
顔はまだ赤いだろうが覆っていた手を除けて、視界になまえを映す。狙いを外しては男車田一生の恥だ。夕陽を背負った彼女の白い肌が赤く染まる様は年齢に似合わず美しかった。
車田は名字、と言いかけてなまえと呼び直す。今相応しいのは間違いなく下の名前の方である。突然呼ばれて驚いてるなまえを他所に、車田も静かな声で語りかけた。

「ちゃんと約束守って言ってくれたから、俺も言う。なまえが好きだって」

なまえの顔が夕日のせいでなく静かに真っ赤になる。車田の告白の言葉は、なまえにとっては赤いペイント弾だ。

「始めて会った時、手に触れた時からなまえが好きだった。いいとこのお嬢様に恋する一般人なんて、どっかの物語みたいにな…。なまえがマネージャーやるって聞いた時、やめておけって言ったけど本当はすごく嬉しかった。なまえと一緒にいれる時間が長くなるからな……片思いでもいいからお前のことを見ていたかった。でも、今は違う」

車田はいたずらっぽくもう片思いじゃないからなと笑った。
恥ずかしくて仕方が無いのに妙に落ち着いていた。撃ち尽くしてしまえば、なんら大したことがない。好きだということを伝えるのは自分が思っているほど、難しいことではなかった。今ではなまえが清々しい顔をしていたのもよくわかった。

「ほ、ほんとうにありがとうございます。私、こんなに幸せでいいんでしょうか…」
「うん、幸せならいいんじゃね」

なまえは本当に幸せそうにはにかんでいる。この笑顔が見られるのなら、ずっとこの先何度でも幸せにしてやりたいと車田は思った。

「えへへ…。あ、そうだ車田くん。ひとついいですか?」
「なんだよ?」
「私一応、『いいとこのお嬢様』なんて大層なものでは……育ったのはごく普通な一般家庭です」
「ん、んな……!わ、わかってるぞそんなの!言動紛らわしいから俺に敬語は金輪際禁止!おとなしいのも禁止!あともっと健康的になれ!いいな?!」
「あっ、えっ?えっ!わかりました!」
「もう早速使ってるからやり直し!」
「そんないきなりは無理ですよ…」
「じゃあ明日でいい、また明日!」

そう言って踵を返した車田の後を追った。小さな約束を取り付けて、明日も自然に一緒にいれるようにしてくれたこと、ほんの少し短気な車田が無理をさせなかったこと二つの優しさが身に沁みる。思わず涙腺が緩み、更に嬉しさのあまり口元も緩む。こんな感情もあるのだとなまえの人生はまた一つ綺麗な色で染まった。

人生の彩りは幸福な色だけではないことを、今はまだ知らなくてもいい。



white.21
Red bullets!





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