あの南沢が告白してからというものの、なまえは車田をよく見つめるようになった。以前にも増して、と付け加えるとさらに分かりやすい頻度だ。車田に何かを言いかけて「や、やっぱりなんでもないです!」と顔を沸騰させて逃げ出すことも多くなった。南沢はというとよく彼女に付きまとうようになった。こちらも以前にも増して、である。テスト期間はまだ集まる機会が少なかったからよかった。しかし、いざテストが終わって安心していると、それを更に顕著にし始めたのだ。
この二人がこんな態度なものだから、短気な車田はストレスが溜まりに溜まってきていた。どう解消してやるべきか、と三国と天城と話し合っている間も無くそれは爆発した。その矛先はサッカーでもなく、三国と天城でもなく、南沢でもない。

「名字!」

誰もが想像さえしていなかった、いつも通り部室にモップをかけていたなまえに矛先を向けた。踵を返して今にも逃げそうな彼女を今日こそは逃がすものかと、向き合う形で両肩を掴んだ。なまえは急な事態に頭がついて行かず、目を白黒させている。「え…えっと…なんでしょう?」落ち着くように自分にいい聞かせながら頬に冷や汗を浮かべた。

「なんでしょう、じゃねえよ!言いたいことあるならはっきり言え!なんだよ最近そわそわしやがって…」
「な、なんでもないんです!」
「いっつもそれだ!言いたいことはちゃんと言え!」

なまえの頭になにか鈍器で頭を殴られたような衝撃が走った。もちろん錯覚だが、それほど車田の発言は響いたのだ。どうしようどうしようと混乱状態に陥る。彼は正直な言葉を望んでいる。しかしなまえはこんな人前で「車田くんが好きなんです!」と言える勇気のある人間ではなかった。何も言えずに黙っていると車田が更に問い詰めてくる。近付く車田の顔と相まって、混乱状態は悪化し、涙腺から液体がせり上がってくる。

「もっ…もう勘弁してください!」

目を強く瞑り、思い切ってわっと一声上げるとやっと沈黙が訪れた。車田だけでなく部室にいた全員までもが黙りこくったのだ。静かになった空間にそるおそる両目を開けば、車田がムキになっていた自分を恥じるかのように少し赤い頬を掻いていた。素直に「…悪かった」と呟かれると反射的になまえも謝らずにはいられない。そう一件落着したところで、二人に注がれていた注目はだんだんと散らばり、いつもの騒がしい部室に戻った。
涙腺からせり上がった液体は表に出る前になんとか落ち着いた。

「本当は、なんでもなくないんです…けど、TPOを考えるとちょっと」
「ティー…?」
「では失礼します」

どこぞのメイドのように深々と頭を下げ、そそくさと部室を出て言ってしまった。メイドも…もといマネージャーもいろいろと仕事があるのだろうから止めはしなかったが。

「TPOって何なんだ…」
「タイム、プレイス、オケーション。それぞれ英語の頭文字を取った用語だ。意味はそれぞれ、タイムは時、プレイスは場所、オケーションは場合」

つらつらと隣から流暢に流れてくる英単語。南沢が指を三本立てながら、饒舌に用語解説を行ってきた。呟きに返事が返ってきたのには流石に驚き、その解説に聞き入ってしまった。

「すごいな南沢!何でも知ってるんだな!」
「ま、たまたま知ってただけだ」

南沢はにたり、と自慢そうな笑みを浮かべた。
が、会話を終えたあとすぐに真剣な顔になった。いいにおいのするユニフォームを着込みながら、車田の反応について考えていた。それはあまりに純粋で、素直で、恋敵にとる態度ではなかっのだ。簡単に出来るものではない。その態度は俺には無理だと南沢は少しだけ瞳を伏せた。なまえが車田を愛して止まない理由の一部を知ってしまった気がしたのだ。人の性質を知らず知らずのうちに読み取るなまえ。お互いが純粋で、それ故惹かれ合っている。それは彼ら自身分かってはいないだろう。自分に勝ち目がないことは薄々知っていた。そして今、明確になってきている。それでも、と思ってしまうのは。

「南沢ー早く行こうぜ!」
「ああ…」

どうしても手に入れられないものを渇望する悪役のような心を持っているからだろう。

例えばクッパみたいな。


white.21
Nausea.





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