合宿最終日の目覚めはイマイチだった。今日から南沢にどのように接したらよいのか分からない。それに、車田から貰ったストラップ(通称フワ子)をなくしてしまってはあわせる顔もない。朝の勉強が始まる前にストラップを探しに走っていた。まずは廊下を探し、浴場、食堂、部室、更にはトイレまでくまなく探した。だが、どこにも見当たらず、思わず涙目になっていた。さらに廊下を走って転び、ことわざ通りの泣きっ面に蜂状態になってしまった。不幸中の幸いは涙目で探している途中、部員一人ともすれ違わなかったことだ。さすがに泣き顔を見られてはなまえのプライドはずだずただ。

「うぅ…フワ子…」

目に浮いた涙を擦りながら小さな声で名前を呼ぶが、当然のことながら返事はない。代わりに「名字ー」と呼ぶ声が迫っていた。これで不幸中の幸いも消え去った。呼び声の主と正面から向き合うはめになり、誤魔化しを考える暇さえ与えられなかった。

「名字…?」
「…あ、車田くん…」

ストラップを貰った本人に出会ってしまったことで、既にいっぱいいっぱいだった涙のダムか崩壊してしまった。彼女にとって泣いているところなど見せたくないナンバーワンの人は車田だった。それが拍車をかけて泣き、申し訳無くて泣き、最悪な泣きのサイクルに陥っていた。後にキャプテンとなる神童ほどの大粒の涙をこぼしている。こすりすぎて真っ赤になった頬、涙に濡れたまつ毛。セクシーというよりは可愛らしい。だが気丈な彼女が泣いていることに車田はあわてふためいた。

「名字、どうしたんだよ?」

そう問い掛けてもぼろぼろと泣き続ける。返事を返さない、というよりはそもそも話せる状態ではなかったのだ。何をしても泣き止まなさそうななまえの体を車田は無意識にぎゅっと抱き締めて、ぽんぽんと頭を軽く叩いた。この時羞恥心など一切忘れていた。それぐらいしか人を泣き止ませる方法をしらなかったのだ。

「落ち着け…。な?」
「…っう…く、るまだ、く…う…」

ぎゅうと車田の背中の服の布を握り締めて「ごめんなさい」と何度も謝り続けた。何故謝られているのか車田には分からなかったが、とりあえずうん、うん、と頷いてやった。途切れ途切れになにかキーワードを言っているような気がするが、なかなか聞き取れなかった。そうしている内にしゃくりあげているのもだいぶ収まり、はっと我に帰った。そしてだんだんとこの状況を理解し始める。

「ああああああの、車田くん…」
「す、すまん!」
「い、いえ、いいんです…」

慌ててなまえから離れた車田の顔はこれまで以上に真っ赤だった。こんなにも長い間人と、それも異性と密着していた経験はなかった。なまえもなまえで恥ずかしそうにしてはいたが、申し訳無い気持ちの方が今は心を占めていた。

「どっどうして泣いてたんだよ?」
「えっと…それは、ですね…実は…車田くんから貰ったフ…ストラップ、なくしてしまって」

ばつが悪そうになまえは言葉を詰まらせながら言った。車田に聞かれたことに嘘はつけない。がっかりされるのではないかと、またじわりじわり湧いてくる涙を堪える。

「なんだ、そんなことか!」

爽やかに歯を出して笑った。

「ほら、こいつだろ?掃除用具入れの前に落ちてたぞ。どっかに引っ掛けて千切れちまったんだな」
「あっ…フワ子!」
「ふわこ?」

車田からポケットから取り出したのは、あの白くてふわふわで可愛い、なまえが落としたあのストラップだった。それを見た途端、目を輝かせたなまえは、最高の笑顔を見せた。ストラップのお礼はいらないと言ったときの笑顔に、負けるとも劣らない。やはり泣き顔よりも可愛いと車田は素直に思った。

「ありがとうございます…!」
「な、泣くなよ…」
「ふふ、嬉し泣きです」

まったく車田はなまえのペースに惑わされっぱなしだった。彼女は出会った当初よりも感情の起伏が大きく、より人間らしくなった気がする。嬉し泣きの涙をぬぐうなまえの頭をわしわしと撫でてやった。少しのスキンシップなら出来るようになってきたようだ。照れてはいるが。

このときストラップが見付かった安心感で、南沢の宣戦布告の大問題をすっかり忘れていた。

white.18
Your tearful face.




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