けたたましく鳴る目覚まし時計が耳破壊装置に成り変わる。なまえは心地好い夢の中から引きずり出された。とりあえず他の住民を起こしてしまうまえに、なんとか止めなければ。ずりずりと布が擦れる音の後に毛布から腕だけを出して耳破壊装置の頭を叩いた。そのポーズのまま十秒ほど固まった後にやっと冬眠から目覚めたばかりの熊のようにのそりのそりと行動を開始する。普段はもっと寝起きはしっかりしているはずたが、昨日合宿の準備やら勉強やらですっかり夜更かししてしまったのだ。足元にあった合宿用の荷物に引っ掛かり、今日から合宿だっいうことをふと思い出す。「忙しくなりそうだなぁ…」と呟きジョキングに出掛けるためにジャージに手を伸ばした。
玄関に出て朝の澄んだ空気を吸い込み、軽くストレッチをする。雲が少なく、今日もいい天気になりそうだ。

「行ってきます!」
「はーい」

箒で玄関を掃除している木野にそう声を掛けると、軽快に走り出した。とは言っても体力は無いに等しいのですぐに息が上がる。荒い息をしながら井戸端会議をしている奥様方に挨拶をすると頑張ってねーと後ろから叫ばれた。疲れているのがばればれで結構恥ずかしい。そのお陰もあってか河川敷まで歩かずに走り続けることが出来た。
「ふぅ…」それにしても疲れたらしい。河川敷のベンチに腰掛ける。タオルで首筋の汗をぬぐいながら、フィールドを見た。朝早くから女の子二人がサッカーに励んでいるのだ。ピンク色の髪をツインテールした子と、ふわふわの栗毛の子。とても可愛らしい。背丈もあまり変わらず、中学では見掛けないのできっと小学五、六年生なのだろう。女の子でサッカーやってるなんて凄いなあとなまえは至極感心していた。やっと息が整ってきたとき、二人が蹴っていたボールがころころと転がってきた。部活でしょっちゅうあることなので、なまえは手慣れた手付きでボールを拾った。

「すいません!」

ツインテールの子が急いで走ってきた。その後を追うように栗毛の子が走ってくる。その様子が可愛くて自然に笑みが溢れてくる。「どうぞ」とボールを手渡すと二人揃って礼儀正しく頭を下げお礼を言った。ぱちり、頭を上げた栗毛の子と目が合う。何度も長いまつ毛を瞬かせ、そして何かに気付いたような表情をしてなまえに問い掛けた。

「あの…もしかして雷門のマネージャーさん、ですか?」
「そ、そうだけど。なんで知ってるの?」
「ホーリーロードの中継に写ってましたから」

隅々まで見ているぞ、と自慢気に胸を張って言う。ツインテールの子も見覚えがあるらしく、なまえの顔をきらきらした青い目で見ていた。中継には選手だけ写るのかと思いきや、マネージャーも少々写り込んでいたらしい。それも木野も気付かないほどにほんの少し。なまえは照れ臭そうに頬をかいた。

「この先も頑張ってください!俺、来年絶対雷門サッカー部に入ります!」
「あ、神童ずるいぞ!俺も入ります!」

ここの時点でなまえはこの二人が六年生なことに気が付いた。頬を染めて興奮気味に話す二人の目は真剣そのものだった。何故こんなに可愛いのに“俺”なんだろうかと首を傾げたが、入部してくれる明らかな意思をはっきりと伝えたことと、雷門が憧れの的になっていることに感動して理由を聞くどころではなかった。

「ありがとう、待ってるからね」
「はい!」

またサッカーボールを追い、フィールドへと駆け出した二人を見送ってからなまえもジョキングを再開した。マネージャーが二人も増えたら万々歳だった。マネージャーのあてが出来たからか、心なしか足取りが軽い。だが二人は一切マネージャーになるとは言っていないのだ。そう、このとき彼女はまだ気付いていなった。あの可愛い可愛い二人はれっきとした“男”だということに。入部するのは間違いなく選手としてだ。もし元からなまえがここら辺の地域に住んでいたなら有名な彼らのことは知っていただろう。なんと言ってもかの有名な神童財閥のお坊ちゃん神童拓人と、その大親友で女の子と見間違うような風貌の美少年の霧野蘭丸だったのだから。この出会いが一年後大混乱を巻き起こすのだが、それはまた別の話である。





その日の放課後、なまえは友達の一人といつもより大きな重い荷物を持って玄関に向かっていた。彼女も陸上部なので部活の話題になるとなかなか止まらない。彼女は陸上部の方にボールが跳んで行ってしまったときよく拾って届けに来てくれる。だが親切心の裏にあるのは南沢の存在だ。親切で気さくな友達だが、面食いなのが玉に傷だった。それ以外は非の打ち所はない。
そして今回の合宿の話にも勢いよく食い付いてきた。

「むさ苦しい男の中に…あっ南沢くんは違うわよ?その中になまえみたいな女の子一人放り込まれたらそれはちやほやされるでしょ!羨ましいなあ」
「今まで部活でちやほやされたことないよ…」

友の熱い語りになまえはげんなりした顔で首を横に振った。生憎部活ではちやほやされるより、こき使われる方なのだ。嫌ではないのだが、忙しいのが身に染みている。基本的なマネージャーの仕事の他、久遠監督に雑務の手伝いを頼まれることもあり、例え開いた時間が出来たとしてもなまえは綺麗好きなので全て掃除の時間に費やされる。掃除し足りないところはまだまだたくさんあった。

「でも、いつもと違う合宿なんだからちょっとぐらい期待してもいいんじゃない?特になまえの場合は車田くんにね」
「は、え?」
「それじゃあまたねー」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

伸ばした手が彼女の髪一本さえ掴むことなく空を切る。疾風ダッシュで居なくなる姿は正に陸上部の鑑だった。あとに取り残されたなまえは茫然と立ち尽くすしかない。とにかく、予想出来る期待に身構えていたかった。そうすれば落ち着いて対処出来そうだったからだ。だが友達もそんなに甘い訳ではない。これはなまえ自身が成長するために一人で立ち向かって行くべきなのだと、心を鬼にした厳しい応援でもあった。もちろんなまえはそんな応援も露知らず、ただ「酷い…」と呟いた。しかし、よく考えると身構えていた所で落ち着いて対処出来るかは怪しい。知っていても知らなくても同じだということに気が付いた。そもそも期待すること自体おかしいんじゃないか!と顔がひとりでに熱くなる。動悸がおかしい胸を押さえつつ上履きをローファーに履き替え、サッカー棟に向かった。
さあ今日から二泊三日の楽しい楽しい地獄の勉強合宿の始まりである。

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They are cute boys!




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