くあっと欠伸をする南沢。つっぷして爆睡する車田。よだれを垂らして寝る天城。唯一しっかり授業を聞いているのは三国だけだった。ホーリーロードの勝敗指示に気を遣いながら試合をするのは本気で試合をすることより精神が疲れる。病は気からという言葉があるように精神の疲れが肉体にまで響いていた。兎にも角にも眠いのだ。それは別のクラスのマネージャーのなまえも同じようで、うつらうつらと目蓋を閉じようとしていた。そこへなまえの友達がシャーペンで肩をつついてくるものだから、少々不機嫌になりつつ目を覚ました。目を擦る右手の包帯は取れ、手のひらにすこし痕が見えるが完治に近い状態になっている。

「おっきろー」
「眠いんだもん…」
「居眠り退散!」

また肩の部分をつつく。余談だがこのちょっかいを出した彼女が、なまえを呼んでくれと車田が頼んだとき大声で叫んで注目を集めてくれた張本人だ。ある日の席替えを経て運命の悪戯かなまえの後ろになったのだった。それはさておき、黒板を見るなりなまえは目を剥いた。眠気も覚める白く大きな文字で、テスト範囲が堂々と黒板の真ん中に君臨していたのだ。これには絶叫したいほどに慌てた。この時ばかりはちょっかいを仕掛けてきた友達に感謝した。ノート端にうつした範囲をぐりぐりと丸で囲む。ひとまずこれで落ち着いた。お礼を言おうとして後ろを振り向いたが、当の本人は教科書に顔を埋めて爆睡していた。どうやらテスト範囲を知らせるために起こした訳ではないらしい。なまえはどこぞの漫画のようにがくっと肩を落とした。
そうしてどたばたと午前の授業が終了し、なまえは昼休みに久遠監督の所へ今日の練習の連絡を聞きへ向かった。すっかり慣れてきた作業だが、久遠監督と会話が微妙に噛み合わなくてイマイチ慣れなかった。

「今日の練習メニューはどうしましょうか?」
「もうすぐテストだな」
「は、はい。そうですね」

返答を返しつつやっぱり噛み合わないなと心の中で苦笑いを浮かべた。無表情にコーヒーを啜る横顔は本当に何を考えているか分からない。南沢より暗い紫色の髪で隠れた片目を出してくれれば、もう少し真意が分かるかもしれない。それから、出来ればコーヒーをこぼしてしまう前にもう少し机の上を綺麗にして欲しいものだ。そんななまえの心配を他所に、カップが机の上に置かれる。

「勉強合宿を行うことにした」
「はあ、合宿を…。合宿ですか?!」

入学した当初腰を抜かした馬鹿みたいに大きなサッカー棟、あんなに立派な建物があるのだから合宿なんて朝飯前なのだろう。行えると言うことに驚きはしなかったが、いきなり過ぎる。まるで今日急に決まったような口振りだったのだ。

「明日、金曜から日曜だ。詳しいことは後でプリントを配布する。それから今日の練習メニューはいつも通りだ」
「わ、分かりました」

失礼しました、と一礼して職員室のドアを閉めた。三年生の教室へ向かいながら久遠監督の連絡を反復した。金曜から日曜まで勉強合宿、今日はいつも通り。そうだ“勉強”合宿だ。合宿中の練習の割合は分からないがあくまで勉強が前提の合宿らしい。もしかして眠くて授業が身に入っていないことなど久遠監督のあの片目にはお見通しなのだろうか。口数の少ない久遠監督の一の内容から、十を汲み取るのはいつの時代も難しかった。
連絡に行くと、三年生は急な合宿にも関わらずいつものことのように笑いながら頷き、ごくろうさんと言っていくつかのど飴をなまえに渡した。どうやら先輩にとって急な合宿は慣れっこらしい。飴をポケットに入れたまま向かった二年生の教室で同じことを伝えた。連絡を聞いた二年生が見事な風邪声だったので三年生から貰ったのど飴をあげた。すると今度はお返しにポテトチップス一袋を手渡してくれた。これは流石に遠慮したのだが、いいから貰っとけと言う風邪声の先輩には逆らえずにありがたく頂戴した。まるでわらしべ長者だなと思いつつ、最後に一年生の教室に歩みを進めた。一方、そろそろ来るなまえをドア付近で南沢と車田が張り込み調査の刑事よろしく待ち構えている。

「どうしたんですか?」

教室に入ってきたなまえはすぐ横にいた二人を見て不思議そうに首を傾げた。だが、さほど特に気にする様子もなく今日の連絡を話し始める。

「今日の練習はいつも通りなんですが、明日から勉強合宿を行うとの連絡がありました。詳しくはプリント配布するみたいです」
「合宿ぅ?」

流石に慣れていない一年生は驚きを隠せない。聞き耳を立てていた三国と天城もいつもと違う様子に集まってきた。全員が言いたいことをまとめて南沢が発言する。

「合宿って…これまた急だな」
「あの、もしかしてみなさん最近眠くて授業がよく聞けないとか、ありません?」

三国は怪訝そうに他の三人を眺めた。唯一普通に授業を受けていた三国には三人の授業中の様子は観察済みだった。三国の視線にぎくりとした顔をして視線をあちこちに飛ばす。もうこれは肯定と取っていいだろう。自分だけが眠いのではないと分かったなまえはやはり久遠監督には全てお見通しなのだと確信を持った。

「あ、そうだ。みなさんよかったらこれ食べて下さい」

そして、わらしべ長者は続く。

white.13
Director's idea.




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