「なまえ」
「え?」
「手、どうしたんだ?」

モップを握る右手に巻かれた白い包帯。部室にやって来た四人組の中で、すぐに発見した南沢が右手を掴んだ。なまえは急な出来事に手の包帯のことを話すことも出来ずに、反射的に顔を赤くしたまま硬直していた。南沢の端整な顔が近いのだ。友達から「かっこいい南沢」の魅力を散々話された結果がこれだった。その時はそういえばそうかも程度だったが、実際に会うと刷り込みの効力が遺憾無く発揮された。力の抜けた左手からモップの柄が滑り落ちる。高位置から柄が大きな音を立てて床に落下した音に驚いたなまえの肩がびくりと震え、茫然自失の状態から覚醒した。寸での所で失神するところだった。

「えっと…理科の実験で火傷してしまいました」

へらへらと少し困ったような、そんな笑いかたをした。落ちたモップの柄を拾いながら「包帯はちょっと大袈裟ですけれど」と説明した。少し離れて聞いていたは車田ははっきり言って気が気でない。無条件に好きななまえの白い手が火や熱いものに晒されたと想像しただけで目眩がした。

「やっぱりやると思ってたぜ。ま、学校火事にしなかっただけましだな」

べちべちと南沢が遠慮なく頭を叩くものだがらああ脳細胞が死んでる…と考えていた。兎に角ちょっと痛いらしい。乱暴な南沢に気を悪くした車田が南沢の頭を思い切り叩いて去って行った。南沢は小言を漏らしながらも、やっと異性として意識したような先程のなまえの反応に満足そうに乱れた髪を直すだけだった。

「そうだ、名字。あのクッキーどうやって作ったんだ?旨かったぞ」
「ほ、本当ですか三国くん」

嬉しそうに三国と話すなまえのジャージのポケットから白いストラップがふわふわと揺れている。南沢の観察眼がじっとそれを見つめていた。探していたものが意外とあっさり見付かり拍子抜けした。すすっと車田に近寄り耳打ちをする。

「車田、あいつにストラップやったろ」
「知らねーよ」
「そう言うことは目を合わせて言わないと疑われるぜ」
「知らねーよ!」

がごん!とロッカーが乱暴に閉まった。これが何度も続けばいつかきっと壊れてしまうだろう。目を合わせて言ったとしても顔赤いからばればれだけどな、と言うことは南沢は胸に閉まっておくことにした。

「もしかして三国くんも料理するんですか?」
「ああ、母さんの帰りが遅い日はな。ちなみに得意料理はロールキャベツだ」
「ロールキャベツかぁ…すごいですね。私お菓子ぐらいしか作れないんです」
「俺はお菓子作らないからな、寧ろ名字の方がすごいと思うぞ。ほらお菓子作るときは分量正しくしないと上手くいかないって言うじゃないか」
「逆に言えば分量さえ正しければ上手く作れるんですよ。食事用の料理はほぼ感覚的なところあって、それが難しいと思います」
「適当とも言うんだ。お菓子の方が難しいと思うが」
「あっ、じゃあ今度色々一緒に作りませんか?」
「そりゃいいな、俺もロールキャベツの作り方教えてやるよ」






「はあ、欲しいもの」
「だ、だってクッキー一つじゃこれに釣り合わないですよ」

二人になれる時間は帰り道しかない。タイミングを見計らったなまえが勇気を振り絞り、顔を真っ赤にしながら何か欲しいものはないか、と車田に問った。包帯を巻いた手ですがるようにぎゅっと携帯電話を握り締めている。車田から見れば身長差から出る無意識の上目使いが可愛くて仕方がない。混乱する頭を習ったばかりの公式を無駄に唱えて冷静に保っていた。

「別に見返りが欲しくてやった訳じゃないからな、いらねぇよ」

熱い視線から顔を背けて歩くスピードを速めた。そうでもしないと顔が熱さで爆発してしまいそうだったのだ。その後ろをちょこちょこと携帯電話を鞄にしまいながらなまえが追い掛ける。

「ほんとに、いいん、ですか?」
「ああ」

車田の回答にふかふかした笑みを浮かべながら周りに空気の花を咲かす。お返しがいらないからとか聞けて安心したからとか、今は関係なく車田の優しさがただ嬉しかった。なまえは少し前を歩く車田の手を両手でがっちり捕らえた。驚き振り向いた車田の目の前には、白いなまえの両手で確かに握られた自分の右手がある。

「ありがとうございます、車田くん」

とびきり嬉しそうな顔で言われては、もう公式を唱えて頭を冷静に保つことは不可能に近い。色々と容量オーバーだ。だが不幸中の幸いと言うべきか、たまたまなまえの手に包帯があったのが良かった。「そんな手であちこち触っていいのか馬鹿!」と別の話題に切り替える事で難をしのぐ車田なのだった。

white.12
Grip & Griped




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