木暮のアドバイスらしきものを元になまえはストラップのお礼にクッキーを作った。絞り出しクッキーはそこそこの得意料理らしく、木野に手伝いは求めなかった。車田のことを考えながら黙々と作っていると、気付かないうちに大量に出来てしまっていた。この大量のクッキーをどうするべきか悩んだ結果、とりあえず木野と木暮へのお礼にと皿にクッキーをいくつか乗せ、それから車田用と、おやつに友達と食べる用に袋詰めする。そういえば南沢がご褒美がどうたら言っていたことも思い出し、南沢用にも袋詰めが出来上がった。こうなれば常に一緒にいる三国や天城に申し訳ないので、更に二袋追加された。なまえの気遣いと優しさも詰めた袋は合わせて五袋。ちょうどクッキーは無くなったのだが、綺麗に並んだ袋を見て車田へのお返しにはならずただのお裾分けになってしまうことにやっと気付いた。由々しき事態だ。やはり何か買うべきかと頭を悩ませたが、時既に遅し。どこも店は閉店してしまっている時間だった。

「どうしよ…」

味見用のクッキーをつまみつつ、キッチンを右往左往する。甘さ控え目で我ながら上手く出来たと自画自賛している場合ではない。とりあえず、明日はこれを持って行こう。車田がしたように、自分も帰りに何か欲しいものを聞けばいいのだ。それを聞けるかどうか、そもそもお礼を渡せるのかも怪しいが、頬を叩いて自分に気合いを入れた。





「上手だよなぁ」

三国はなまえが持ってきたクッキーを宙に浮かせて眺めた。呟きには誰も返してこない。味もさることながら、見た目も素晴らしい。自分も今の歳にしては料理は出来る方だと思っていたが、お菓子系に関してはあまり作ったことはなかった。隣にいる天城は既にガツガツと食べ始めてしまっていたが、車田は袋を持ったまま茫然としていた。クールな南沢も頬を少し染めて袋のままクッキーをクールに見詰めている。もうこれはクールではない。さっきの呟きに誰も返してこなかったのはこのせいだ。二人とも惚れてるなぁ、と思いつつ三国は黙ってクッキーを口に放り込んだ。天城がクッキーを全て胃に収めたころ、つまり割と早めに南沢と車田が話し始めた。やはり話すことは一つだ。

「これは俺に作ったクッキーだ!」

どちらがそう言ったのか定かでない、もしかして両方言ったのかもしれないが、三国と天城はパックのジュースをズズズッと飲み干しながら間違いなくそれを耳に入れていた。いい加減にしてくれ誰にでもいいじゃないかと妙な以心伝心もしていた。

「俺がご褒美くれって頼んだからなまえが作ってくれたんだろうな」

目を伏せてうんうんと腕組みをしながら頷く南沢。見解は間違いではないが大正解とは言い難かった。本当の目的は他のところにあるのだから。だが、車田は自分の意見で南沢に反論は出来なかった。自分がなまえにストラップをプレセントしたから貰えたなんて、考えるのもおこがましい。誰に向けて作ったのかはとりあえず一旦置いて、車田は黙ってクッキーを噛み砕いた。

「…旨い」

思えば、彼女は割りと万能だ。場慣れがなかなか出来ないのも部活で解消されたし、さらに今回料理も出来ることが発覚した。お嬢様はそういう教育をされているのだろうな、と車田のお嬢様勘違いはまだまだ続くのだった。

まったく反論がない車田を勘が鋭い南沢は非常に怪しく思った。なにかしら二人にあったことは明白で、分かりやすいにも程がある。たとえば、もしなまえがプレゼントを貰ったとしたら律儀な彼女は間違いなくお返しをするだろう。それがこのクッキーだったとしたら。つまり車田以外はオマケだ。この推測こそが大正解だった。「車田がプレゼントを…いやいやセンス悪そうだしな…でもあいつ車田からなら何でも嬉しいんだろうな…ちっ」色々考えを巡らせながら廊下を歩いていると友達と歩いているなまえにばったり出会した。手に持った教科書から見てどうやら移動教室のようだ。ついでに然り気無く上から下まで見て車田から貰った物がないか探る。だがそれらしき物は見当たらなかった。

「理科室に行くのか?」
「はい、実験やるみたいなので。次辺り南沢くん達のクラスも実験だと思いますよ」
「ふーん…学校火事にしないようにな。お前そそっかしいから」

こつんとなまえの額の中心を叩くと、片手でそこを押さえながら苦笑いしていた。そそっかしいことは認めているらしい。なまえの友達が南沢を見て顔を赤くしている。やること言うこと、わざとらしくない南沢の自然な格好良さは必然的にモテた。女子と目を合わせた南沢はいつもの営業スマイルをして去って行く。

「やばい…あの人かっこいい」
「南沢くん?」
「南沢くんって言うんだね…」

女子の黄色い声は南沢まで筒抜けで、自分がモテることを再自覚したのだった。こうしてあの女子達が騒げば、なまえの心が南沢に傾くかもしれない。女子にいい顔をしておいて損はないと実に腹黒い南沢だった。

「南沢くんファンクラブ第一号!」
「二号!」

じとっ、と友人の視線がなまえに突き刺さる。どうやら三号を宣言して欲しいらしい。

「…うう…私は…」
「はいはい冗談冗談。なまえは車田くん一筋ね」

友人の正しい意見が恥ずかしくて堪らず、泣き出しそうなほど顔を紅潮させた。自分ばかりが一方的に好きみたいだ。でも車田くんは毎日一緒に帰ってくれる。車田は、自分のことをどう思っているのか考えると不安と期待が入り交じって微妙な気分になった。
こんな調子で本当に車田から希望のものを聞き出せるのだろうかと、ぼんやりしていてその日の理科の授業が身に入らなかった。

white.11
Cookie war




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