「貰っちゃった…」

なまえは自室のベッドに座りながら、携帯電話に付いたふわふわのストラップを輝く目で見つめて堪能していた。練習試合の帰りに、ちゃんと仕事をこなしたなまえに約束通り車田がプレゼントしたものだ。最終的に練習試合は同点で終わったが久々に本気が出せたと両チームはすっきりした表情を見せていた。熱戦に感動してなまえはストラップのことをすっかり忘れ掛けていた。そんな帰り際に車田から手渡され、それはもう小躍りしそうなほど喜んでいた。木枯らし荘に着いた今でもその感情は衰えていなかったので、何か喜ばしいことがあったのは相変わらず木野にはばればれだった。暫く観賞用に取っておきたかったが「ケータイにな!」とご丁寧に付ける場所まで指定されたので、いそいそと携帯電話に取り付けたのだった。

「なまえちゃーん、ケーキ食べよー」
「はーい」

一階からの木野の呼び声にすぐさま反応したなまえは部屋を飛び出して階段を駆け降りた。疲れて甘い物が食べたい気分もあり、何だかんだ言って色気より食い気が先行するようだ。しかしその手には真新しいストラップの付いた携帯電話が大事そうに握り締めてあった。リビングのドアノブをうきうきしながら回すと、いつ帰ってきたのか既に木暮が椅子に座っていた。

「あっ木暮さん、お帰りなさい」
「足音」
「う…すいません」

確かにドタドタした足音は女子としてアウトだった。そもそもここはアパートであり、出来るだけ静かにしなければいけないのだ。妙な唸り声を上げ、自己嫌悪しながらなまえは椅子に腰掛けた。もしかして面倒なこと言ったかも、と木暮は湯飲みのお茶を啜りつつなまえを横目で見るのだった。

「はい二人ともケーキ」
「やった!秋さんのケーキ美味しいんだよねー」

暗い表情は大好物の登場でコロリと変わった。無駄なことを考えた自分を今度は木暮が自己嫌悪を始めていた。だがしかし、いくら自己嫌悪をしていてもケーキはケーキ。美味しいのだ。木野は嬉しそうに食べているなまえに牛乳を差し出し、自分用のコーヒーも用意して椅子に座る。それぞれの好みの三種類の飲み物が机に並んだ。

「つかなんでケーキなんですか?」
「なまえちゃんが初試合だったのよ。記念にと思って」
「へー…。で、結果は」
「それが同点だったんですよ!惜しかったです」

男性の木暮の前で珍しく饒舌に話し始めた。試合の内容を話し始めると興奮してなかなか止まらないようで、向かいに座った二人が驚いて硬直しているのに気付くまでずっと話し続けていた。まるで演説でもしていたような自分が恥ずかしくなり、すみません…と一言呟いてケーキをフォークでつついた。

「ま、いいんじゃねーの?」
「そっそうですか?」

木野も木暮もサッカーには常人より詳しいので、つまらない話ではなかった。ただ一ヶ月も経たないうちにここまでサッカーを語れるようになったなまえに驚いていただけだった。
木野は照れ笑いをしながらケーキを食べているなまえを微笑みながら見ていたが、ふと視線を横にスライドした。なまえの地味な携帯電話の存在がいつもより微妙に主張がはっきりしているのに気付いたのだ。

「それ、可愛いストラップね」
「へへー、これ車田くんに貰ったんだ」
「まあ車田くんが…」

薄々そんな気はしていたが、まさか本当にそうだとは思ってもいなかった。二人ともいかにも奥手で、未だもじもじしているだけかと思えば意外に発展している。最近の中学生は精神的な成長が早いと木野は妙な所で感心していた。

「お礼に何かあげたの?」
「ううん、まだ。お返しなにがいいかな…」
「車田くんの好きなものは?」

今日の試合風景を思い出して「……汽車?」と呟いた。必殺技名をダッシュトレインにしていた辺りからして、汽車好きなのかもしれない。だが全くの不確定情報である。かなりの会話をしたつもりだっが何一つ車田の好みをしらない自分が情けなくなった。

「…木暮さんは貰って嬉しいものありますか?」
「俺に振るなよ…」
「木暮さん以外聞ける人いません」

自信満々にそんなことを言われた。確かに最近まで男性恐怖症じみたものだった彼女には一番身近で聞きやすい存在かもしれない。木暮は心底面倒臭そうにため息して頬杖をついた。色恋沙汰はあまり得意ではない。しかしこんな自分にも今でも想う相手がいる訳で、大嫌いと言うわけでもなかった。

「手作りのなんか、とか」
「………」

木野となまえはいやらしくにやつきながら顔を見合わせた。なんだか意味がありげに聞こえるからだ。真っ当なことを答えたつもりの木暮は後悔した。女子特有の質問攻めが繰る前に「ごちそうさまでした!」と言って部屋を飛び出した。木暮の階段を駆け登る騒がしい足音に、なまえは苦笑いした。それから何か思い付いたようで、ケーキが乗っていた皿とコップを片付けて立ち上がった。

「秋さん、キッチン借りるね」
「どうぞ」

この後漂ってくるであろう香ばしい匂いを想像しながら、木野は少し冷めたコーヒーをゆっくり飲み干した。

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