※血の表現注意


蝙蝠(こうもり)
脊椎動物亜門 哺乳綱 コウモリ目


破損した戦闘機が一台帰ってきた。黒煙を上げ今にも墜落しそうになりながらも、なんとか燃え尽きる前に母船に着陸した。らしい。俺、サンダユウ・ミシマが見たのはその操縦者が手術室に運ばれているところだった。通り過ぎる時に聞こえたのは、出血多量。輸血準備。内臓破裂の可能性。と医師たちの言葉。どこがどうだかはよく分からないけど、見た目から酷い有り様だった。ただ、ちらりと見えた苦しそうに薄く開かれる目には生きる執念の光が燃えていた。

「ミストレ、あの操縦士知ってるか?」
軍内一の情報通、ミストレなら何か知っているだろう。予想通りあぁ、と言う顔をした。
「あの、ってなまえって子か。上の奴らから名誉の負傷って言われてる人。詳しくは知らないけどバダップの部下だよ」
結んだ髪の毛をくるくると弄りながらそう答えた。
名誉の負傷、ね。上司が考えることはさっぱり分からない。きっとミストレもそう思ってるはずだ。それをうっかり言ってしまうと何処で上司が聞いているか分からないので、みんな心の内に留めているんだろう。話題を逸らさず、情報収集するために話を進めた。
「ほー、流石バダップ。教育が行き届いてるな」
「でも、あの子以外は全滅なんでしょ?本当に強いのか、弱腰になって逃げてきたのか、サンダユウはどっちだと思う?」
そんなこと聞くな。

「よう、エスカバ」
「お、サンダユウ」
バダップは忙しくて捕まらないだろうから気になるならエスカバにその子のこと聞いてみなよ、とミストレは言った。知り合いか、友人だろうか。
「なまえってやつ知ってるか?」
「あぁ…いい友達だよ。あんま会えないけどな」
やはりもう怪我のことを知っているのだろうか。暗い顔をして俯き加減になった。
「ま、あいつの事だしすぐ元気になるさ」
それでも、苦しそうに笑った。
「んで?なんでサンダユウはなまえのことを嗅ぎ回ってんだ?」
どうして、嗅ぎ回っているのか。そんなこと考えてもみなかった。気になるから知りたい。欲望のままに動いていた。一週間ほど色々な人に話を聞いてみたが、知り合いなどはほとんど居なかった。知っている、というやつが居ても、経歴など全く不明だった。ますます興味が湧いてきた。
そうなると自然と足は病院に向かう。操縦士が話せないにしても何か手掛かりが掴めるかもしれない。
看護師に病室を聞き出し、消毒液臭い病院内を歩いた。
A棟の二階、215号室。一応ノックをしてみるが、きっと誰も出てこないだろう。
「はい…?」
…バダップだ。
「お、おうバダップ。部下が大変だって聞いてな。見舞いにきた」
予想外の展開に驚いたが、少し誤魔化すために果物の入ったかごをぐいっと押し付けた。バダップはぱちくりと瞬きを繰り返したあと、部屋に招き入れてくれた。
暗くはなく、白くて、窓からの光が輝く病室だった。ベッドに横たわる包帯と管だらけの操縦士。静寂は電子音が邪魔をしている。
サイドのテーブルに栞を挟んだら小さな本と、少しの書類、ペンが置いてあった。
「もしかして、ずっと付き添ってやってるのか?」
「…目覚めたとき、誰もいないと寂しいだろう」
バダップは丸い椅子に座って、今まで見たことがないぐらい優しく、悲しそうな瞳で操縦士を見ていた。厳しくとも、優しい人間なのだバダップは。
「パニックになられても困る」
そうだよな…あの戦闘で操縦士は一人になったんだ。また一人で、ここがどこか分からなかったら、俺だってパニックになる。
「いつ目覚めるか分からないのか?」
「そろそろだとは思う。致命傷は無かったからな」
「そうか…」
操縦士の経歴などもう聞く気にはなれなかった。ただの興味は、よく分からない感情になっていた。


110417



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