ぽふっと鶴正の運動部にしてはやや細い体に抱き付いた。行き場を無くした細い腕はあわあわと中に浮いていた。抱き締めるという選択肢はなくはないんだろうけど。鶴正は控えめな性格だし、仕方ないのかもしれない。目を瞑って耳を胸にあてると、心臓が激しく動いていて、血を送り出す音が大きく聞こえてきた。ひゅう、と息を吸う音の後に鶴正は震える声で「なまえ、さん?」と言った。鶴正風に言えば、おかしいじゃないですか。恋人なのにさん付けなんて。だ。
「なまえさん、ど…」
「なまえ」
「はい?」
「呼び捨て、がいい」
眼鏡のレンズ越しに鶴正の黒い瞳を見詰めた。恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてぱくぱくと口を動かす姿はまるで金魚みたいだった。呼び捨てはそんなに恥ずかしいことだろうか。絞り出した声は小さなものだった。
「あ、あの、なまえ…」
「なぁに?」
「急に、どうしたんですか?」
ふい、と目線を逸らす。恋人なら分かってくれてもいいじゃないか。

もう、どうしたらいいのか分かりませんでした。大事な人から急に抱き付かれて、抱き締めた方がいいのだろうかと、緊張と恥ずかしさでぐるぐると頭は混乱しました。それからその場の勢いでなまえと呼び捨てにして、ああ、なんて大変なことをしてしまったんでしょう。なまえさんは明るく、太陽のようで、日陰にいる俺の手の届かないところにいるはずだった、俺にとって最高の存在なんです。恋人どころか友達になることも考えられなかった、それぐらいの人なんです。だから、大事に大事に扱いたかったのに、呼び捨てなんて。こうして触れ合うのさえ気が引けると言うのに。
「…なにかあったんですか?」
某有名女優のような態度で何度もそっぽを向く。幸せを感じていても泣きそうな気分になった。
「鶴正が、あんまり触ってくれないから」
「さ、さわ、触るって」
「キスだってしたこと、ないし」
「きっ、キス?」
やっと落ち着いてきた頭がまたぐるぐるし始めた。やばいですよ、こんなの絶対やばいです。そんな卑猥なことを彼女にするなんて。してしまったら、きっと俺の理性は遥か彼方宇宙あたりに飛んで行って、あっと言う間になまえさんを押し倒してしまうに違いないんですから。
「ねぇ…鶴正」
ああもう、どうしてそんな物欲しそうな色っぽい顔するんですか、どうして体を擦り寄せてくるんですか。下半身が反応を示し始めるのもこのままじゃ時間の問題です。
「どうなってもしりませんよ…」
大事にしたいと思っていたのに、自分の理性は案外簡単にぷつりと切れる脆いものでした。こうなったらいっそのこと、甘酸っぱい初キスの味がわからないぐらいにしてあげましょう。
なまえの顔にあたらないように、眼鏡を額まで押し上げた。


110923 そろそろ進展しましょうか



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