飲みかけの水やお菓子やら、色々入ったレジ袋を手首からぶら下げ、ぱらぱらとサッカー雑誌を流し読みしながら商店街を歩く。あとでじっくり読もうと毎回思うが、どうしても中身が気になる。そう言えば小さい頃買って貰ったお菓子のオマケが気になって仕方がなくて、いつも帰る前に封を切ってしまっていた。三つ子の魂百まで、とは良く言ったものだ。心の中で苦笑いをする。

「ねこ、ねこ」
「…ん?」

雑誌から顔を上げた。町の騒音に混じって聞こえる、聞き覚えのある声。小さな鈴みたいに透き通って、囁くような、あの時の、なまえの声だ。ずっと探していたが、あれから一度も出会えていなかった。

「なまえ…?」

ぽつりと呟くとなまえの代わりに、足元からにゃーんと返事が返ってきた。ふわふわな白い毛玉が頭を擦り付ける。

「久しぶり。ねこ」

しゃがんでその毛並みを撫でた。前と何も変わらず、きもちいい。しかしまぁ、この猫は人を怖がらないなぁ。よくこんな町中に出てくる。

「ねこ…ユージ!」
「わっ」

いきなり後ろから飛び付かれた。キラキラ光る銀髪が、目の端に映る。なまえの髪だ。それに、ユージと呼ぶのは一人しかいない。

「ユージ、げんき?」
「うん、元気だよ」
「うれしい…」

すりすりと猫みたいに頭を擦り付ける。

「こんなところで何やってるんだ?」
「…さんぽ?」

ここで散歩って…間違いではないが、いまいち空気が悪いだろうに。

「公園、行こうか?」
「うん!」

ここまで、公園に行くことが決まったまではよかった。なんというか…そう、公園にたどり着くまでが大変だった。ねこはふらふら路地に入るし、なまえはそれを追うし、気まぐれにも程がある。ついて行くので精一杯だった。そしていつの間にか公園に到着するという、不思議な現象も起こったのであった。

「はは…。つ、疲れた…」

ぐったりと木の下に倒れ込む。ねこがひょいひょいと木の上に登って行くのが見えた。くそ、体力あるなぁ。林に路地裏、人の家の庭、塀に開いた穴、などなどまるでアスレチックだった。あちこち連れ回されて、もう訳が分からない。

「ユージ、つかれた?」
「ちょっとね」
「おひるね、する?」

ごろん、となまえも横に寝転がった。木の枝でねこの白い尻尾が揺れているのと光る木漏れ日を見ていたら、うとうと瞼が重くなってきた。それに追い討ちをかけるように、優しい風が心地よい。

(少しだけ…少しだけ…)

とっくに眠っているなまえの寝顔を一瞬見て、俺も眠りに落ちた。





「んー…」

大きく伸びをして、目を開けると赤い夕日が沈もうとしていた。まさか、そんなに眠っていたのか。これじゃ今日の夜は眠れないかも知れないな…。

「あれ…なまえ…?」

起き上がってぐるりと公園内を見渡してもなまえらしき影はない。

「薄情なやつ…うわわっ!」

ふわりふわり足元を通り抜けるねこ。すぐに正体は分かるのに、何故か驚いてしまった。

「ねこ、なまえは?」

にゃん、とも返事はなかった。ねこは頭を撫でて貰い、満足そうにゴロゴロ喉を鳴らした後、どこかへ行ってしまった。俺が起きるのを待っててくれたんだと思い込むことにした。
俺もそろそろ帰ろうと、持ってきたレジ袋を拾い上げた。がさつく音の他に、チリンチリンと小さな音が聞こえた。何か音のするものを入れた覚えはない。ごちゃごちゃ物の入った袋を覗き込んだ。

「…鈴?」

お菓子の箱の隣で、何かのおまけみたいな、金色に光る小さな鈴を見つけた。

「…ふふっ」

動かす度にチリンと鳴る。赤い夕日を鈴に反射させながら、上機嫌で歩き出した。
今日は楽しかったな。


110905 アニマルアスレチック



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