「浜野くん!」

速水が俺を呼ぶ声が遠くで聞こえた。ごぶっと口から空気が漏れて、光の方向へ気泡が昇って行く。青くてきらきらしてて綺麗だ。光の方向とは真逆の、真っ暗な底へ、俺の体はどんどん沈む。俺が釣る魚は、いつもこんな景色を見ているのだろうか。俺も魚みたいにすいすい泳げたらいいのに。

(くそ…死ぬかも…)

もがいても水面には上がれない。一際大きな空気を吐いて、そろそろ息が続かなくなってきた。

(俺、まだ、死にたくない!)

そう思った瞬間、ざぶん!と大きな何かが水中に飛び込んできた。衝撃で出来た、たくさんの白い泡が消えるころ、手首を掴まれて引っ張り上げられていた。海藻みたいに髪が水中でなびいている。この人はだれだろう。まさか、人魚…?あれ、川に人魚はいないか。

「ぶはぁ!」

空気に触れた途端、肺は空気を渇望した。おかしな呼吸になり、咳が出る。

「踏ん張れよ!」

彼女は流れを利用しながら、ぐんぐん岸まで泳いだ。すごい。本当に人魚みたいだ。俺も泳ぎは得意な方だと思っていたけれど、上には上がいるんだな。
河原に着いて、彼女をよくみると雷門中生徒で、同年代ぐらいだと分かった。

「おわー…君、すごいね。げぼっ」

河原に寝転んだまま喋った。なんだか起き上がれない。まだ苦しいけどさっきよりは楽だ。

「あー…君は馬鹿なの?川に落ちたか飛び込んだか知らないけど、死にたかったの?」

彼女は立ち上がったまま濡れた髪と服を絞る。ぼたぼたと水滴が石に垂れて染みを作った。

「いやそんなんじゃ…そこに居る友達がたった今そこで入水自殺を目論んでて、止めに入っててんやわんやで、俺が落ちたっていう」

あはは、と笑い混じりに言ったが、彼女は不機嫌な顔をいっさい変えない。むしろ眉間のシワが深くなった。

「逆に君が死ぬところだったのに」
「そっすね」
「…おい!そこの!」

大声で、びしっと橋の上の速水を指差した。

「は、はいっ?ぼっ僕ですか?」
「そうだよ!君!自殺するんだったら人を巻き込むんじゃないの!もしくは自殺なんてするなバーカ!死ね!泳ぎたいなら水泳部!あとそこにある私の靴持ってきて!はいダッシュ!」
「はぃい」

自殺するなと死ねの矛盾。彼女の気迫に押されてたじろぎ、河原に駿足で走ってくる速水は、きっと気付いていないんだろうなぁと思う。速水は持ってきたスニーカーびくびくとを渡した。

「じゃあね、サッカー部のお二人。雷門中水泳部主将こと、私なまえさんは君達の入部をいつでも待ってるよ」

黒いスニーカーを履いて帰路につき始めた。
水泳部主将…って年上だったのか…。やばい敬語使ってないや。三国先輩にあとで怒られるかも?まぁ知り合いじゃないかもしれないし、大丈夫だよな。
なまえさんの後ろ姿をまじまじと見詰めながらあることに気付いた。

「なまえさん!」
「…まだ何か用なの?」
「シャツが透けててブラジャー見えます!」
「はっ、浜野くん、ちょっと」

飛んできた小石が、額に気持ちいいほど綺麗にクリーンヒットした。


110812 助けなきゃよかった!



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